相手の目線に合わせるということ

 

所長の髙田です。

 

新年あけましておめでとうございます。

令和2年もよろしくお願いいたします。

 

元日の今日は、我が家の猫の体調が悪かったので、

主治医のもとへ連れて行きました。

365日開いている凄い獣医さんです。

1日たりとも休まないその情熱だけではなく、診断力も凄いです。

EBMの名のもとに血液データや画像診断に依存し過ぎて、問診や診察を

軽視しがちな人間社会の医療を横目に、経験値に基づき、ほぼ飼い主から

の情報や診察のみで、言葉の話せない猫たちに的確な診断を下します。

 

経験値と聞くと胡散臭く感じる医師は多いかもしれませんが、その獣医

さんは最新の検査機器も完備しており、EBMをむしろ重視しています。

猫のために出来ることは全て行うという確固たる信念を持つ先生で、

私が唯一尊敬する医師です。

 

特に尊敬するのは、完全に「猫目線」で診察をすることです。

だから飼い主が、その先生にとって猫に余計なことをしていると、

厳しく注意されます。

非常に厳しい口調で話すので、ネット上で厳しい評価をつけられている

人もいます。

 

私は個人的には丁寧な説明を重視していますが、結局は目の前の人の

体調が良くなることが、医療職としての最大の目標です。

だからその獣医さんが厳しいことを言われても、今まで愛猫をたくさん

治していただいているので、私は受け入れます。

そうした適切な医療の繰り返しによる患者との信頼関係の構築が、

本来のインフォームドコンセントなのかもしれないなと、

思ったりもします。

 

我が家は5匹も猫がおり、2年前のクリスマスイブに拾った猫は、

雄であることと成猫であることから、先住猫となかなか仲良くなれず、

現在に至っています。

今は住み分けをして世話をしていますが、少しでも仲良くなって欲しく

格子越しに顔を会わせる共有スペースを以前に作ったことがあります。 

しかし先住猫がそのスペースで何回もおしっこの粗相をしてしまうので、

困って獣医さんに相談したところ、

 

「余計なことをしないで!猫には猫の考えがあるの!」

 

と怒られました。

そういう強い言葉を聞くとショックを受ける人もいるとは思いますが、

 

「ああ、確かにそうだ」

 

と私は思い、自分の思いを捨て、猫の立場で考えてみようと思いました。

 

そうすると答えはシンプルで、飼い主側が仲良くなって欲しい目的で

用意した共有スペースは、先住猫にとっては、ただのストレスフルな

縄張り争いの場所としか考えていない、ということです。

私の仲良くなって欲しいという、いわば“勝手な”願望のせいで、

猫たちの本当の思いを汲み取っていなかったということを反省し、

共有スペースは諦めて、完全に新入り猫と先住猫を分けたところ、

現在に至るまでおしっこの粗相はありません。

 

猫の棲み家を分けて世話をするのは凄く大変ですが、人間の家族ですら

そういう方達もいるのに、猫だからといって無理に仲良くさせようという

のは、人間側の思い上がりかな、と感じました。

こちらの願望や思い込みを優先させるのではなく、言葉が話せないから

こそ、猫の目線に合わせるよう努力することが、猫たちのストレス軽減の

ために必要なことだと、改めて学びました。

 

せっかく一緒に住んでいるのに、仲良くなれない事は寂しいですが、

ただ猫たちにとっては今の状況が、適切な距離感である可能性が高く、

ストレスが少なめで過ごす時間が増えれば、いつかチャンスが来るかも

しれないので、引き続き猫目線で観察していこうと思っています。

 

 

ただ相手の目線に合わせて考えるというのは、何も猫に限った話では

なく、人間同士でも当然必要です。

今日みたいな元日になると、研修医時代の元日の当直を思い出しますが、

相手の目線に合わせることを学んだ、とある事例をいつも思い出します。

 

夜中の救急外来に、1歳ちょっとのお子さんを連れてきたお母さんが、

 

「どこか悪いか分からないんですけど、なんか変な感じがするんです」

 

との訴えで来られました。

正直、あまりに漠然としたお母さんの訴えですし、

子供はまだ話せないので、困ったなぁと思いながら診察をしました。

発熱はなく、喉も綺麗で、胸の音もよく、何よりご機嫌でした。

 

「お子さん、元気そうですね」

 

と言うと、お母さんは

 

「機嫌いいですね。でもちょっと変な感じがして。夜分にすみません」

 

と話されました。

 

帰してもいいかなと思いましたが、もう少し診察をしようかと思った

ところ、機嫌の良かった子供が突然泣き始めました。

泣かれると聴診もよく分からなくなるので困ったな、と思っていたら、

急に泣き止みケロッとして、また御機嫌になりました。

ああよかったと思い、また診察をしようとしたところ、

また急に泣き始めました。

 

当時は24時間当直で、夜中で疲れていたことと、2年目の研修医で

当直に慣れて来ていたこともあり、

 

『なんだよ、急に泣いたり笑ったり。なめてんのか』

 

などと、思い上がったことを考えてしまいました。

ただ心配そうにしているお母さんを見て、

 

『ん?言葉も話せない子供が意識的にふざけたことをする訳ないな』

 

と冷静になり、

 

『え?急に泣いたり笑ったり? ・・・間欠的な・・・啼泣・・・?』

 

あーーーーーっ

 

と叫びそうになりました。

 

「お母さん、ちょっとお腹も診ますね」

 

と努めて冷静に見せつつ、内心ドキドキしながらお腹を触ったら、

やはりお腹に触れるものがありました。

 

『ソーセージ様腫瘤・・・』

 

すぐに当直の小児科の先生を呼んで、浣腸をしたところ案の定血便が。

そう、教科書でしか学んだことのない”腸重積”でした。 

 

『お母さんは心配し過ぎ』

『子供はふざけている』

 

などと、自分の思い上がった感情で診察を不十分に終えていたら、

大変なことになるところでした。

 

『いつも子供と一緒のお母さんが、夜中に我慢出来ず救急外来に来る程、

違和感を覚えた』

『言葉が話せない子供は、自分の状態を素直に態度で示す』

 

と母親・子供目線でギリギリ考えることが出来たので、何とか腸重積を

見逃さずに済んだという、強い印象に残った出来事でした。 

 

 

人間と猫を一緒にするなと言われるかもしれませんが、困っている人の

目線で考えるということは、自分の考えや感情を可能な限りフラットに

しなければいけなく、時には自分の願望とは外れる結果もあるため、

口で言うほど容易くありません。

 

ただ研修医時代に学んだことや、日々の仕事で人と接して学ぶこと、

そして猫たちとの生活を通じて、最近相手の目線に合わせる、

つまり真の意味の“傾聴”が出来るようになってきたような気がしており、

日々のメンタルヘルス面談や診察・保健指導が、昔より格段に良くなって

きたかもしれないと、勝手に思っています。

 

ただそれが過信や慢心にならないよう、これからも謙虚に傾聴を

続けていきたいと、愛猫を連れて帰る車中で、改めて思いました。

 

 

元日からまとまりない文章になりました。  

 

 

令和2年1月1日

  

高田労働衛

コンサルタント事務所

名古屋市中区丸の内2丁目 

(地下鉄丸の内駅2番出口徒歩1分)

事務所スタッフ

    所長  高田 幹 

      猫所長  マハロ 

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