平成最後の日の感謝~続・産業医実務研修センターと3名の先生の想い出

 

所長の髙田です。

 

 

平成最後の日になりました。

 

人それぞれ色々な考えはあるでしょうが、唯一自分自身の自慢出来る点

として、恨みつらみを残さず、感謝を忘れないことがありますので、私の産業医

としての原点である産業医実務研修センターで大変お世話になった

3名の先生についての続きの話を、平成最後の日の感謝の備忘録として

書いておきます。

 

 

お一人目は先日のブログで書いた、当時のセンター長の森晃爾先生。

 

お二人目が、私の当時の指導医であった日野義之先生です。

 

当時研修医が終わったばかりで、調子に乗ってどこか斜めに構えていた

自分のことを、何かにつけて御心配いただきました。

 

 

話は少しそれますが、私はいわゆる『労働衛生の三管理』については、

全てしっかりと考え力を身に付けたいと、今でも思っています。

 

ただ産業医の研修というと、どうしても『作業管理』と『作業環境管理』が

主となる傾向があり、『健康管理』については、メンタルヘルス対策や

長時間労働対策、定期健康診断結果に基づく就業措置、喫煙対策に

偏る傾向があります。

 

 

定期健康診断そのものの研修、つまり血液検査の解釈や、心電図判読、

胸部X線読影、保健指導については、産業医研修では残念ながら、

ほぼ重視されていません。

 

個人的には、日本の産業保健における歪な状態であると思っています。

 

どうしてこのような歪な状態になっているかというと、日本の産業医で最も多い

日本医師会認定産業医の場合は、臨床医が産業医研修を受ける場合が

殆どですので、定期健康診断の法定項目くらいであれば、ベーシックな知識

として、当然身に付けているこが多いと考えられているからでは、と思います。

 

 

しかし臨床医といっても、様々な分野の医師がいますし、何より栄養学だけ

でなく、傾聴や心理学の知識経験も必要とする保健指導は、臨床医にも

難しいのではと思います。

 

また私のような、臨床研修が終わってすぐに産業保健の世界に入る医師が、

果たして全員、定期健康診断の法定項目に関する臨床力を、身に付けて

いるかというと、甚だ疑問だとも思います。

 

「定期健康診断結果は健診業者が作るから、産業医はその結果を見て

就業判定が出来ればいい」

  

と言っていた産業医大出身の産業医の先生もいましたが、自分自身で

心電図判読や胸部X線読影が出来ないと、判読医・読影医の所見判定に

込められた機微を汲み取れないことが、ままあります。

 

従って、定期健康診断に関する臨床力が、結果的に軽視されている現在の

プロフェッショナル産業医養成の流れには、個人的には強い疑問を抱いて

おります。

 

 

ということで大きく話が反れてしまいましたが、当時からそのように

 

“まだまだ医師として未熟者だから、定期健康診断に関する臨床力を含めて

産業医研修をしたい”

 

という私の想いと、

 

“作業管理・作業環境管理が弱い産業医が多いからこそ、産業医大出身

の産業医としてはその点に力を入れたい”

 

というセンター側の想いには、若干のずれがあったと思います。

 

 

日野先生は、その作業管理・作業環境管理のバリバリのスペシャリスト。

 

今でこそ、一度一緒に職場巡視をさせていただき、自分自身の成長を確認

してみたいという気持ちが強いですが、当時は臨床力を軽視する感じに、

正直なところ反発感が強くありました。

 

日野先生も恐らくそのことを感じとられていたと思いますので、企業実習に

行った帰りなどによく声をかけていただきました。

 

 

ただ、臨床力を軽視する風潮に反発感はあったものの、当時は職場巡視を

どういう目線で行えばよいか全く分からなかったので、日野先生のことを

スペシャリストとして尊敬していました。

 

そのスペシャリストぶりは、産業医活動中だけでなく、日頃の生活から、

そういった態度や目線を忘れないことから培われたのだろうと思わせられた

会話を覚えています。

 

 

「高田先生はハワイに行ったことある?」

 

「はい。去年初めて行きました。」

 

「何か気づいたことがあった?」

 

「1日中お祭り騒ぎのような雰囲気と開放感が凄く良かったです」

 

「ダメだよー。僕はハワイに行った時も、常に危険なところが無いかを注意して

いたよ。そういう目線は常に持っていないと。」

 

「はあ。」

 

 

正直言って、ハワイまで行ってそれは無いだろうと思いましたし、

それはもう変人の領域だろうと、生意気にも思ってしまいました。

 

ただ今は、空港まで行く電車と車掌さんの指差し呼称を注意深く観察し、

空港でトランクを運ぶ人の姿勢に目が行き、飛行機の中ではロングフライト

血栓症のリスクはもちろん、CAさんの休憩シフトや配膳時の姿勢が気になり、

ハワイに着いたら治安はもちろん、強い冷房による室内の温度と外気温の

差による自律神経への影響や、ホテルの高層階の気圧変化の影響が

気になるなど、ハワイ旅行に限らず無意識のうちに起床時から就寝前まで、

巡視目線で日常生活を見るようになってしまっている自分がいます。

 

あれから15年経過した今、自分も若い産業医の先生に。当時の日野先生と

同じようなことを言うかもしれません。

 

産業医のスタンスとしては、今も違いがあるかもしれませんが、マスコミに

露出する若い産業医が増え、産業医学の自称スペシャリストが氾濫している

今だからこそ、産業医を奥深く知る日野先生には、令和の時代になっても

産業医の良心として、若き産業医に御指導いただく事を願っています。

 

 

 

最後の三人目は、菅裕彦先生。

 

正確には当時、産業医実務研修センターに居た先生ではなく、

私がセンターから半年間出向していた健診機関にいらっしゃった先生です。

 

健診機関では前回のブログに書いたように巡回健診に従事していましたが、

1回は嘱託産業医活動に同行して勉強していました。

 

その時によくご一緒させていただいたのが菅先生でした。

 

菅先生は、この偏屈な私が唯一「リアル産業医」だと思う先生です。

 

産業医大の御出身で、もともと消化器内科医として御勤務され、その後

産業医になられており、健康管理の知識を軽視することなく、労働衛生の

三管理について造詣が深い先生でした。

 

 

そういった事もありますが、一番感銘したのは、その熱い気持ちでした。

 

ある時、菅先生の産業医活動に同行し、健康講話を見学しました。

 

その後、帰り道の電車の駅で菅先生と話しました。

 

 

「高田先生、気づいた?」

 

「何がでしょうか?」

 

「僕は今日の講話の配布資料を、参加人数より多めに配ったんだよね。」

 

「はい。」

 

「でも、帰る時に配布資料は全部無くなっていたでしょ?」

 

「あー・・・はい。」

 

「あれは会社の人が今日出席しなかった人のために持って帰ったんだよ。

だからいつも僕は多めに配布資料を作ってくるんだよ。」

 

「・・・。」

 

 

健康講話後に、配布資料が机の上にいくつか残っていたので、

後片付けの時に、自分が回収して持って帰ってしまっていたんです。

 

その時の菅先生の嬉しそうな顔を見ると、正直に言えずに黙ってしまいました。

 

平成最後の日に告白して懺悔します。

あの時は正直に言わないで申し訳ありませんでした。

 

 

でも菅先生のそういう熱い気持ちが大好きでした。

 

当時、自分が体調を崩して1週間ほど休んでしまった時も、いつも優しく

気にかけてくださいました。

 

休みの日はお子さんの運動会で良い写真をとるために、午前6時から小学校

に並んで良い場所をとるんだと嬉しそうにおっしゃられていた、ご家庭を大事に

される子煩悩なお父さんぶりも印象的です。

 

会社訪問時はいつも腰が低く、企業の皆さんの信頼がよく分かりました。

 

一緒に作業着を着て商用車で産業医訪問し、時間があまりない中、

コンビニで買った缶コーヒーで車の中で休憩して話したこともありました。

 

 

当時、嘱託産業医をやりたいという漠然とした気持ちはありましたが、

具体的なことは想像もつきませんでした。

 

ただ今は作業着を着て中古の軽自動車に乗り、車の中で一人缶コーヒーを

昼食代わりに飲みながら、産業医訪問を繰り返す毎日です。

 

結局、当時の菅先生と同じような形になりました。

 

というより、あの時の菅先生の姿を追いかけているのかもしれません。

 

菅先生には一生追いつける気はしませんが、熱い気持ちについては、

追いつき追い越せるよう、これからも産業医活動をしていきたく思います。

 

 

当時1年間ながらご指導いただいた、森先生、日野先生、菅先生の

3名の先生から受けた影響は、自分にとってはとてつもなく大きいです。

 

いつまで経っても未熟者なので、そのような強い影響を他の若き産業医に

与えることは、自分には無理だと思います。

 

ただこの10年近く、色々助言をしてきた元々医療職ではなかったカウンセラー

の方が居ますが、その方が大きな飛躍を遂げようしています。

 

その方には業務面のアドバイスをしてきましたが、とにかく謙虚に、

絶対思い上がってはいけない、相手の幸せを考えれば間違えることはない、

ということだけはしつこく言い続けています。

 

そのことは、自分が3名の先生方に自然と教えられてきたことだと思います。

 

平成最後の日に、3名の先生方に改めて感謝し、そして今一度、

謙虚に、思い上がらず、相手の幸せを考えるように自分自身を戒め、

明日からの令和の時代を迎えたいと思います。

 

皆様にとって令和が良い時代になりますよう祈念し、そしてこれからも

社会に少しでもに貢献出来るよう、自分自身頑張っていきます。

 

 

 

そして最後に、天皇皇后両陛下本当にありがとうございました。

 

 

平成31430

 

高田労働衛

コンサルタント事務所

名古屋市中区丸の内2丁目 

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