産業医実務研修センターと3名の先生の想い出

 

 

所長の髙田です。

 

 

歳をとってきたせいか、昔のことを思い出すことが

増えてきた気がします。

 

私の産業医としての原点である産業医実務研修センターに

ついて振り返っておきます。

 

 

私は17年前に産業医科大学を卒業した後、

2年間名古屋の病院でスーパーローテートの研修を行い、

その後産業医実務研修センターで1年間、

産業医学の専門修練医として過ごしました。

 

臨床研修を終え、4月にセンターに戻ってから

2か月間、産業医学基本講座を受講し、

「産業医学ディプロマ」を授与されました。

 

日本医師会認定産業医の資格とは異なり、

資格認定更新不要の産業医資格です。

 

座学から実習、企業見学まで幅広い講座内容でしたが、

人生で初めて自分から積極的に講義を受けました。

 

恥ずかしい話、学生時代は積極的に授業に臨むという事は

無かったのですが、これから産業医でメシを食っていくと

考えたら怖くなり、教室の先頭に自ら(!)座って

講義を聴くなどしました。

 

あの2か月間は、今の私の産業医活動の礎となっています。

 

 

その後半年間、巡回健診活動に従事し、その後半年間は

センターの仕事をしながら産業医学の研修を受けるという

生活をしていました。

 

ちなみに当時のセンターにおける基本給は税込み月12万円。

 

どこかに財布が落ちていないかな、なんてことを

ふと考えてしまったのもこの時期。

 

この頃は、よく当直のアルバイトに行っていました。

 

2か月間の産業医学基本講座で産業医学の基礎知識を固め、

巡回健診活動で、大小本当に様々な事業場を実際に見て、

そして産業医としての心構えを自然と学び、最後の半年間で

産業医としての実践的知識を固めていきました。

 

 

センターには多くの先生方がいらっしゃいましたが、

大変お世話になった3名の先生がいらっしゃいます。

 

お一人目は森晃爾先生。

 

言うまでも無く、産業医の世界では著名な先生で、

当時のセンター長の先生でした。

 

毎週朝8時から日経ビジネスを用いた勉強会や、

毎週の抄読会など、非常に情熱的に経営学や

総括管理の観点から、色々なことを教えていただきました。

 

PDCAサイクルのマネジメントシステムについて

学んだのもこの時です。

 

ただ私は、労働衛生の五管理

(作業管理・作業環境管理・健康管理

総括管理・労働衛生教育)のうち、健康管理、

つまり狭義の健康管理=健康診断も

スキル的に突き詰めるべきだという

頑固な想いがあり、森先生にはご迷惑を

おかけした事と反省しております。

 

 

しかし森先生のことで強く印象に残っていることが

3つほどあります。

 

一つ目は、私が半年間の巡回健診活動を終えて、

センターに戻った時の報告会での事。

 

巡回健診活動で学んだことを発表するという会でしたが、

私は巡回健診活動で学んだ精神的な点を中心に報告しました。

 

 

一口に会社といっても、

貧富の差に伴う安全衛生面の差が大きい。

  

小さな事業場の人にこそ、産業医が必要。

  

ただ実際は産業医の選任義務がなく、

また選任義務があったとしても経済的な理由で

選任していないところもあった。

  

だからせめて今の自分自身が出来ることとして、

健診の診察時に出来る限りの保健指導もしていた。

 

小さな事業所の方達にとっては、年1回の巡回健診が、

医師と唯一話せる場所と思ったので、診察だけでなく

出来る限りの指導もしようと思った。

 

巡回健診でも血圧や尿検査・体重はその場でわかるので、

健康資料を自作して診察時に出来る限り指導していた。

 

健康資料を自作したのは、説明の分かりやすさのためも

あるが、一番の理由は時間に限りがあるため。

 

巡回健診は1日に何か所も事業所を回る場合が多く、

また事業所側も健診時間に合わせて業務を調整しているため、

遅刻は信用面からも絶対にしてはならず、

そのため効率よい指導のために資料を自作した。

 

ただ受診者の社員さんは、皆が指導に耳を傾けてくれる

訳では無く、場合によってはガムを食べながら、

携帯で話しながらといった無礼な態度で、

診察を受けに来る場合もあり、病院に来る「患者さん」とは

受診に対する心構えが全く異なることが、研修医時代との

最も大きな違いと感じたかもしれない。

 

また毎日皆でバスに乗り、事業所で皆で会場の設営をして、

終わったらまた皆で荷物を撤収し、昼はコンビニの駐車場に

停めたバスの中で皆で昼ご飯を食べるといった生活を通して、

医師もただのスタッフの一員という想いを

持たなければならず、また毎日どんな不便な場所でも

健診に行く人達がいるから、産業医は健康診断の結果を

見ることが出来るという事を忘れてはいけない。

 

 

そういったことなどを話しました。

  

すると、当時センターに居たある医師に

  

「巡回健診でそこまで指導しないといけないのぉ? 

 そんなのそこの産業医に任せればいいんじゃないのぉ?」

(当時私が感じた記憶のママの表現)

 

と言われました。

  

『だから産業医が居ない事業所もあるっつっただろ!』

  

と心の中では思いましたが、一応先輩の方でしたので、

何も言わずに発表を終えました。

  

いきなり全否定されたような感じで、

センターなんかに帰ってくるんじゃなかったなと思いながら、

席に着こうとした時

 

  

「だてに半年間、巡回健診をやっていなかったな」

 

 

と森先生がつぶやかれたのが聞こえました。

 

腕組みをしてこちらを向かずに前を向きながらの

言葉だったので、恐らく独り言だったのでしょうが、

私が感じたこと・言いたかったことをきちんと御理解して

いただけたのが嬉しく、その想いは今も鮮烈です。

 

 

そして二つ目に印象に残ったのは、産業医大で行われた

産業医学基礎研修会集中講座の後片付けの時。

 

産業医学基礎研修会集中講座とは、その名の通り

集中的に産業医学の基礎講座を受けることで、

日本医師会認定産業医の資格が

1週間で取得出来るというものです。

 

日本医師会認定産業医は1時間1単位の講座を50単位、

つまり50時間受講しないと取得できないため、

勤務医の先生方はなかなか時間がとれず、単位取得が

進まないことが多いです。

 

そのため産業医大で季節ごとに開催される

産業医学集中講座は大人気で、申し込み受付当日は

電話が殺到して繋がらないといった、有名歌手顔負けの

プラチナチケットと化していました。

 

当然センターにとっても大きなイベントですので、

私もスタッフとして、お弁当・お茶の配布、司会進行、

講義中のトラブル対応、帰りのタクシーの誘導などの雑務を

色々こなしました。

 

そして講義終了後には講義会場のホールを、センター全員で

掃除するのですが、森先生が凄いなと思ったのは、掃除にも

参加されていたことです。

 

そして集中講座の最終日が無事終了し、掃除をしていた時、

森先生が怖い顔で(当時感じた記憶のママです。すみません)

私に話しかけてきました。

 

 

「高田先生」

 

「へい」

 

「この前一般の方からセンターに電話があったんだよ」

 

「はあ」

 

「高田先生がセンターの健診で問診をした方だ」

 

 

当時(今は知りませんが)はセンターで一般向けの健康診断も

行っていて、センターに居た時はその仕事もしており、

私は健診開始前の問診を担当していました。

 

自分が担当した受診者の方から、わざわざセンターに電話が

あったということは、気づかないうちに何か失礼なことを

してしまったか?と不安になりました。

 

 

「何か苦情でしたでしょうか?」

 

  

と恐る恐る森先生に聞いたところ

 

  

「いや、髙田先生が問診前にきちんと名前を名乗って、

 挨拶してくれたことが嬉しかったという、

 お褒めの電話だった」

 

 

と怖い顔のまま(当時感じた記憶のママです。すみません)

私に話されました。

 

 

『なんだ、それだったらもっと笑顔で言ってくださいよ、

 あせったー』

 

 

と心の中で思いましたが、わざわざ森先生が私に直接

言ってくださったことが、本当に嬉しかったです。

 

 

最後の三つ目は、私がセンターに在籍していた時に、

初めて学会発表をした時のことです。

 

当時私がセンターの命で作成した『巡回健診マニュアル』を、

産業衛生学会で発表しろと言われたものです。

 

https://ci.nii.ac.jp/naid/110003839448/

 

診察のスキル的なことよりも、病院の診察と巡回健診では

心構えが全く異なるという、精神的観点を主眼にマニュアルを

書いたことを、評価していただいたのかと思います。

  

http://ohtc.med.uoeh-u.ac.jp/kensinmanual/kensinmanual.pdf

 

ただ私は

 

 

『学会発表が、こんなマニュアル作成の報告でいいのかな?』

 

 

という不安を抱えたまま発表に臨みました。

 

実際発表後に、当時社会人大学院でお世話になる

予定だった他大学の衛生学の教授に、

アカデミックさが無く物足りなかったな、と言われました。

 

しかしその後の懇親会で、ほろ酔い加減の森先生が、

満面の笑みで私に近づき

 

 

「いやー髙田先生、発表よかったぞ!」

 

 

と上機嫌で言ってくださいました。

 

 

「あんなのでよかったですかね?」

 

 

と恐る恐る聞いたところ

 

 

「おお、よかったよかった」

 

 

と赤ら顔の満面の笑みで頷いていただきました。

 

研究というのは色々な形があり、アカデミックさというのは

基本となりますが、森先生の笑顔を見て

 

『確かにこういった実務的なものが現場では必要になる。

 だから産業医“実務”研修センターの存在意義には

 沿っている一つの研究の形なのかな』

 

と感じました。

 

お酒の効果で私の評価に、多少バイアスが

かかったのかもしれませんが。

 

 

私は非常に頑固で、人付き合いに難がありますので、

森先生からすると私は決して扱いやすい奴では

無かったと思います。

 

主に総括管理的な観点で御指導いただいた

森先生と、医師の基本スキルをより身に付けた上で

産業保健活動を展開したいと考えていた私では、

基本的な方向性は同じでも、細かい実務における

価値観の差が当時は大きく、若気の至りもあったと

思っています。

 

ただ森先生が、私の事を少しでも認めてくれた三つの事は、

研修医が終わっても医師としての自分自身に全く先が見えず、

不安感でいっぱいだった私に、今後進むべき道を示して

いただいた印象深い出来事でした。

 

自分のような他の医師より才も能も無い医師は、

社員さんや受診者の方により近い目線を心掛け、

実務の基本をとにかく誠意をもって丁寧にやれば、

医師として産業医としての存在意義は出てくる、と

教えていただいたように思っています。

 

だから私は、産業医活動の面談時や

人間ドックの説明時必ず立ったまま迎えて

挨拶することを、15年前のセンターの時から

変わらず続けています。

 

相手を理解する『傾聴』の真の意味も、

最近ようやく分かってきたような気がします。

 

当時ピンとこなかったマネジメントシステムについても、

今は自然と産業医活動の基本となっており、

また日本人間ドック学会の施設機能評価の

サーベイヤーとして、全国の医療機関を訪問し、

マネジメントシステムによる人間ドック健診の

質の確保状況のチェックをしています。

 

 

人付き合いが悪いのが

私の最大の欠点であるとは重々承知しておりますが、

産業医科大学産業医実務研修センター

に感謝の気持ちを忘れたことはありません。

 

森先生が懐深く、面倒な私を受け止めていただいた

お陰で、私はこのように開業産業医の端くれとして

活動出来ていると、心から感謝しております。

 

センター出身の産業医として誇り高く、

高い倫理観を持って、産業医活動に臨みたいと

日々思っております。

 

 

随分と長い文章になってしまいましたので、

センターで影響を受けたもう2名の先生のことについては、

また次回。。

 

 

2019年3月3日

 

高田労働衛

コンサルタント事務所

名古屋市中区丸の内2丁目 

(地下鉄丸の内駅2番出口徒歩1分)

事務所スタッフ

    所長  高田 幹 

      猫所長  マハロ 

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