乳がん検診

所長の高田です。

 

 

今日の午前は岐阜の病院で乳がん検診業務を行い、

午後からは愛知県小牧市の事業所で産業医活動を行いました。

 

今日は100件のマンモグラフィ読影をしたので、目がチカチカと・・・。

 

 

乳がん検診では、マンモグラフィ読影に加えて乳房触診も行っています。

 

マンモグラフィ読影は1週間の人数分を行いますが、本日分の読影では、

触診で得られた情報をマンモ読影に反映させています。

 

触診では必ず問診票の自覚症状に目を通して、更に本人に症状を

確認してから、触診をするようにしています。

 

触診で少し怪しいと思った部位や、乳腺の左右差があったりした場合は、その点を記録して、マンモグラフィ読影の際に参考にします。

 

読影では、以前の写真があれば比較読影するようにしており、

もう一人の医師もチェックしますので、その結果を照らし合わせ、

少しでも見落としが無いように努めています。

 

乳がん検診では他に乳房超音波検査がありますが、どの検査も長所・短所があるため、検査の数を多くして補完し合うことで精度を上げることは

もちろんですが、やはりひとつひとつの検査の精度を高めることが

最も重要なので、出来る限りの情報を入れながら検査を行うように

努めています。

 

 

しかし検診では、見落としを防ぐだけではなく、「偽陽性」にも

注意する必要があります。

 

つまり、見落としを防ぎたいがあまり、必要以上に要精密検査の判定を

増やしてしまい、結果として受診者の方々に、多大な身体的・精神的・

経済的負担を与えてしまうことも、極力防がなければなりません。

 

検診の世界では、病気を病気として検出する能力のことを『感度』と

いい、正常を正常として判定する能力のことを『特異度』と言います。

 

つまり『感度』を高めることで見落としを防ぎ、『特異度』を高めることで偽陽性を防ぐことが重要になりますが、『感度』と『特異度』は

お互いに関連しており、どちらかを高めればどちらかが低くなる可能性が常にあるため、これは検診の永遠の課題ではあります。

 

マンモグラフィ読影の世界では、読影の『感度』と『特異度』を

向上させるために医師は常に努力しており、一定レベル以上の能力のある医師に “検診マンモグラフィ読影認定医” という資格を与えるという

取り組みも行われています。

 

私も乳がん検診業務に携わるにあたり、認定医の資格をとりましたが、

研鑽は一生続くものと思っています。

 

 

最近、芸能人の北斗晶さんが乳がんであることを発表して、再び乳がんと

乳がん検診にスポットがあたっており、色々な不安を一般の方々は抱えていると思います。

 

残念ながら検診に100%はありません。これはどの検診でもそうです。

しかし、出来る限り発見出来るように、検診に携わる医療従事者は

不断の努力をしなければなりません。

 

私も改めて気持ちを引き締めて、乳がん検診に携わっていく所存ですが、女性の皆様も検診だけに頼らず、ぜひ月1回の乳房の自己触診にも

お努めいただければ幸いです。

 

そして乳房について気になる症状があれば、迷わずお近くの乳腺外科へ

ご受診ください。

 

検診はあくまで、症状の無い方がスクリーニング(ふるい分け)で行う

ものであり、実際に症状がある場合はすぐに専門医の下で専門的な検査を進めれば、病気の発見の確率や速さがグンと上昇します。

 

乳がん検診に携わる医療従事者として、お願いをさせていただきます。

 

 

~ 

どうでもいい話ですが、私はプロレスが大好きでしたので、北斗晶さんが、本名の宇野久子で

新人レスラーだった時代から知っています。

 

本名だった若手レスラー時代から、アイドルユニット(!)の『海狼組』(マリンウルフ)を結成し、

その時に "北斗晶" に改名しました(させられた)。

 

その時のタッグパートナーは同じく改名した(させられた)「みなみ鈴香」という選手でした。

 

だから元々は、ウルトラマンエースの主題歌(古いっすね)のように、 ”北斗とみなみ” という

ネーミングだった訳なんですね。

 

しかしイマイチ売れず(本人もアイドルキャラは嫌だったようです)、その後失意のままメキシコ遠征に。

 

メキシコで行ったヒール(悪役)用のラフファイト中心のファイトスタイルとメイクを、帰国後にも

そのまま使ったところ、“デンジャラスクイーン”という新しいキャラクターで遂に大ブレイクしました。

 

”ノーザンライト・ボム”というオリジナル技も大ブレイクし、90年代の女子プロレスブームの主役でした。

 

その後アントニオ猪木が北朝鮮で開催した、「平和の祭典」という北朝鮮での初めてのプロレス大会に

参加し、同じく参加していた佐々木健介選手と出会い、帰国後すぐに電撃結婚をして現在に至っています。

 

昔からよく知っている有名人が大きな病気になるというのは、心が痛み寂しい気持ちになります。

 

若手時代の頸椎の大怪我や、アイドルユニットへの挑戦・挫折、苦しかったメキシコ遠征時代を乗り越え、

デンジャラスクイーンとしてリングで大活躍した、あのタフな体力と精神で頑張って欲しいと願っています。

~ 




高田労働衛生コンサルタント事務所

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