ブログ: 『産業医etc.旅日記』

 

 

当事務所所長が、嘱託産業医活動や人間ドック健診業務、プライベートまでを

徒然なるままに綴ります。

 

ジバニャン (c)妖怪ウォッチ

猫所長 (c)高田労働衛生コンサルタント事務所


2019年

3月

03日

産業医実務研修センターと3名の先生の想い出

 

 

所長の髙田です。

 

 

歳をとってきたせいか、昔のことを思い出すことが

増えてきた気がします。

 

私の産業医としての原点である産業医実務研修センターに

ついて振り返っておきます。

 

 

私は17年前に産業医科大学を卒業した後、

2年間名古屋の病院でスーパーローテートの研修を行い、

その後産業医実務研修センターで1年間、

産業医学の専門修練医として過ごしました。

 

臨床研修を終え、4月にセンターに戻ってから

2か月間、産業医学基本講座を受講し、

「産業医学ディプロマ」を授与されました。

 

日本医師会認定産業医の資格とは異なり、

資格認定更新不要の産業医資格です。

 

座学から実習、企業見学まで幅広い講座内容でしたが、

人生で初めて自分から積極的に講義を受けました。

 

恥ずかしい話、学生時代は積極的に授業に臨むという事は

無かったのですが、これから産業医でメシを食っていくと

考えたら怖くなり、教室の先頭に自ら(!)座って

講義を聴くなどしました。

 

あの2か月間は、今の私の産業医活動の礎となっています。

 

 

その後半年間、巡回健診活動に従事し、その後半年間は

センターの仕事をしながら産業医学の研修を受けるという

生活をしていました。

 

ちなみに当時のセンターにおける基本給は税込み月12万円。

 

どこかに財布が落ちていないかな、なんてことを

ふと考えてしまったのもこの時期。

 

この頃は、よく当直のアルバイトに行っていました。

 

2か月間の産業医学基本講座で産業医学の基礎知識を固め、

巡回健診活動で、大小本当に様々な事業場を実際に見て、

そして産業医としての心構えを自然と学び、最後の半年間で

産業医としての実践的知識を固めていきました。

 

 

センターには多くの先生方がいらっしゃいましたが、

大変お世話になった3名の先生がいらっしゃいます。

 

お一人目は森晃爾先生。

 

言うまでも無く、産業医の世界では著名な先生で、

当時のセンター長の先生でした。

 

毎週朝8時から日経ビジネスを用いた勉強会や、

毎週の抄読会など、非常に情熱的に経営学や

総括管理の観点から、色々なことを教えていただきました。

 

PDCAサイクルのマネジメントシステムについて

学んだのもこの時です。

 

ただ私は、労働衛生の五管理

(作業管理・作業環境管理・健康管理

総括管理・労働衛生教育)のうち、健康管理、

つまり狭義の健康管理=健康診断も

スキル的に突き詰めるべきだという

頑固な想いがあり、森先生にはご迷惑を

おかけした事と反省しております。

 

 

しかし森先生のことで強く印象に残っていることが

3つほどあります。

 

一つ目は、私が半年間の巡回健診活動を終えて、

センターに戻った時の報告会での事。

 

巡回健診活動で学んだことを発表するという会でしたが、

私は巡回健診活動で学んだ精神的な点を中心に報告しました。

 

 

一口に会社といっても、

貧富の差に伴う安全衛生面の差が大きい。

  

小さな事業場の人にこそ、産業医が必要。

  

ただ実際は産業医の選任義務がなく、

また選任義務があったとしても経済的な理由で

選任していないところもあった。

  

だからせめて今の自分自身が出来ることとして、

健診の診察時に出来る限りの保健指導もしていた。

 

小さな事業所の方達にとっては、年1回の巡回健診が、

医師と唯一話せる場所と思ったので、診察だけでなく

出来る限りの指導もしようと思った。

 

巡回健診でも血圧や尿検査・体重はその場でわかるので、

健康資料を自作して診察時に出来る限り指導していた。

 

健康資料を自作したのは、説明の分かりやすさのためも

あるが、一番の理由は時間に限りがあるため。

 

巡回健診は1日に何か所も事業所を回る場合が多く、

また事業所側も健診時間に合わせて業務を調整しているため、

遅刻は信用面からも絶対にしてはならず、

そのため効率よい指導のために資料を自作した。

 

ただ受診者の社員さんは、皆が指導に耳を傾けてくれる

訳では無く、場合によってはガムを食べながら、

携帯で話しながらといった無礼な態度で、

診察を受けに来る場合もあり、病院に来る「患者さん」とは

受診に対する心構えが全く異なることが、研修医時代との

最も大きな違いと感じたかもしれない。

 

また毎日皆でバスに乗り、事業所で皆で会場の設営をして、

終わったらまた皆で荷物を撤収し、昼はコンビニの駐車場に

停めたバスの中で皆で昼ご飯を食べるといった生活を通して、

医師もただのスタッフの一員という想いを

持たなければならず、また毎日どんな不便な場所でも

健診に行く人達がいるから、産業医は健康診断の結果を

見ることが出来るという事を忘れてはいけない。

 

 

そういったことなどを話しました。

  

すると、当時センターに居たある医師に

  

「巡回健診でそこまで指導しないといけないのぉ? 

 そんなのそこの産業医に任せればいいんじゃないのぉ?」

(当時私が感じた記憶のママの表現)

 

と言われました。

  

『だから産業医が居ない事業所もあるっつっただろ!』

  

と心の中では思いましたが、一応先輩の方でしたので、

何も言わずに発表を終えました。

  

いきなり全否定されたような感じで、

センターなんかに帰ってくるんじゃなかったなと思いながら、

席に着こうとした時

 

  

「だてに半年間、巡回健診をやっていなかったな」

 

 

と森先生がつぶやかれたのが聞こえました。

 

腕組みをしてこちらを向かずに前を向きながらの

言葉だったので、恐らく独り言だったのでしょうが、

私が感じたこと・言いたかったことをきちんと御理解して

いただけたのが嬉しく、その想いは今も鮮烈です。

 

 

そして二つ目に印象に残ったのは、産業医大で行われた

産業医学基礎研修会集中講座の後片付けの時。

 

産業医学基礎研修会集中講座とは、その名の通り

集中的に産業医学の基礎講座を受けることで、

日本医師会認定産業医の資格が

1週間で取得出来るというものです。

 

日本医師会認定産業医は1時間1単位の講座を50単位、

つまり50時間受講しないと取得できないため、

勤務医の先生方はなかなか時間がとれず、単位取得が

進まないことが多いです。

 

そのため産業医大で季節ごとに開催される

産業医学集中講座は大人気で、申し込み受付当日は

電話が殺到して繋がらないといった、有名歌手顔負けの

プラチナチケットと化していました。

 

当然センターにとっても大きなイベントですので、

私もスタッフとして、お弁当・お茶の配布、司会進行、

講義中のトラブル対応、帰りのタクシーの誘導などの雑務を

色々こなしました。

 

そして講義終了後には講義会場のホールを、センター全員で

掃除するのですが、森先生が凄いなと思ったのは、掃除にも

参加されていたことです。

 

そして集中講座の最終日が無事終了し、掃除をしていた時、

森先生が怖い顔で(当時感じた記憶のママです。すみません)

私に話しかけてきました。

 

 

「高田先生」

 

「へい」

 

「この前一般の方からセンターに電話があったんだよ」

 

「はあ」

 

「高田先生がセンターの健診で問診をした方だ」

 

 

当時(今は知りませんが)はセンターで一般向けの健康診断も

行っていて、センターに居た時はその仕事もしており、

私は健診開始前の問診を担当していました。

 

自分が担当した受診者の方から、わざわざセンターに電話が

あったということは、気づかないうちに何か失礼なことを

してしまったか?と不安になりました。

 

 

「何か苦情でしたでしょうか?」

 

  

と恐る恐る森先生に聞いたところ

 

  

「いや、髙田先生が問診前にきちんと名前を名乗って、

 挨拶してくれたことが嬉しかったという、

 お褒めの電話だった」

 

 

と怖い顔のまま(当時感じた記憶のママです。すみません)

私に話されました。

 

 

『なんだ、それだったらもっと笑顔で言ってくださいよ、

 あせったー』

 

 

と心の中で思いましたが、わざわざ森先生が私に直接

言ってくださったことが、本当に嬉しかったです。

 

 

最後の三つ目は、私がセンターに在籍していた時に、

初めて学会発表をした時のことです。

 

当時私がセンターの命で作成した『巡回健診マニュアル』を、

産業衛生学会で発表しろと言われたものです。

 

https://ci.nii.ac.jp/naid/110003839448/

 

診察のスキル的なことよりも、病院の診察と巡回健診では

心構えが全く異なるという、精神的観点を主眼にマニュアルを

書いたことを、評価していただいたのかと思います。

  

http://ohtc.med.uoeh-u.ac.jp/kensinmanual/kensinmanual.pdf

 

ただ私は

 

 

『学会発表が、こんなマニュアル作成の報告でいいのかな?』

 

 

という不安を抱えたまま発表に臨みました。

 

実際発表後に、当時社会人大学院でお世話になる

予定だった他大学の衛生学の教授に、

アカデミックさが無く物足りなかったな、と言われました。

 

しかしその後の懇親会で、ほろ酔い加減の森先生が、

満面の笑みで私に近づき

 

 

「いやー髙田先生、発表よかったぞ!」

 

 

と上機嫌で言ってくださいました。

 

 

「あんなのでよかったですかね?」

 

 

と恐る恐る聞いたところ

 

 

「おお、よかったよかった」

 

 

と赤ら顔の満面の笑みで頷いていただきました。

 

研究というのは色々な形があり、アカデミックさというのは

基本となりますが、森先生の笑顔を見て

 

『確かにこういった実務的なものが現場では必要になる。

 だから産業医“実務”研修センターの存在意義には

 沿っている一つの研究の形なのかな』

 

と感じました。

 

お酒の効果で私の評価に、多少バイアスが

かかったのかもしれませんが。

 

 

私は非常に頑固で、人付き合いに難がありますので、

森先生からすると私は決して扱いやすい奴では

無かったと思います。

 

主に総括管理的な観点で御指導いただいた

森先生と、医師の基本スキルをより身に付けた上で

産業保健活動を展開したいと考えていた私では、

基本的な方向性は同じでも、細かい実務における

価値観の差が当時は大きく、若気の至りもあったと

思っています。

 

ただ森先生が、私の事を少しでも認めてくれた三つの事は、

研修医が終わっても医師としての自分自身に全く先が見えず、

不安感でいっぱいだった私に、今後進むべき道を示して

いただいた印象深い出来事でした。

 

自分のような他の医師より才も能も無い医師は、

社員さんや受診者の方により近い目線を心掛け、

実務の基本をとにかく誠意をもって丁寧にやれば、

医師として産業医としての存在意義は出てくる、と

教えていただいたように思っています。

 

だから私は、産業医活動の面談時や

人間ドックの説明時必ず立ったまま迎えて

挨拶することを、15年前のセンターの時から

変わらず続けています。

 

相手を理解する『傾聴』の真の意味も、

最近ようやく分かってきたような気がします。

 

当時ピンとこなかったマネジメントシステムについても、

今は自然と産業医活動の基本となっており、

また日本人間ドック学会の施設機能評価の

サーベイヤーとして、全国の医療機関を訪問し、

マネジメントシステムによる人間ドック健診の

質の確保状況のチェックをしています。

 

 

人付き合いが悪いのが

私の最大の欠点であるとは重々承知しておりますが、

産業医科大学産業医実務研修センター

に感謝の気持ちを忘れたことはありません。

 

森先生が懐深く、面倒な私を受け止めていただいた

お陰で、私はこのように開業産業医の端くれとして

活動出来ていると、心から感謝しております。

 

センター出身の産業医として誇り高く、

高い倫理観を持って、産業医活動に臨みたいと

日々思っております。

 

 

随分と長い文章になってしまいましたので、

センターで影響を受けたもう2名の先生のことについては、

また次回。。

 

 

2019年3月3日

 

2019年

2月

22日

健診結果表作成って何?

 

 

所長の髙田です。

 

 

今日は三重県の鈴鹿市といなべ市での産業医活動でした。

 

 

 

 

鈴鹿市の工場では、工場の健康管理センター内に健診施設があり、

私はその健診結果表の作成をしています。

 

 

健診結果表の作成は、非常勤勤務の病院でも行っていますが、

 

健診結果表の作成って何?」

 

と医療職の方でも思われる方は多いです。

 

健診結果表は全自動で出来る訳では無く、

基本的には医師が内容をチェックします。

 

ただ施設によって、医師がどれだけ関与しているかは、

残念ながら差があります。

 

健診結果表にはコメント欄がありますが、そのコメント内容を見れば、

医師がどれだけしっかり関与しているかは、私はすぐに分かります。

 

 

鈴鹿市の工場で行っている健診結果表作成は、

一般的に病院で行う結果表作成と大きく異なる点があります。

 

それは 『産業医の目線』 でコメントを作成するということです。

 

つまり、その結果表のコメントそのものが、社員さんへの指導に

なりますので、就業の可否や適正配置を念頭に置いたコメントや、

保健指導内容をより細かく記載することを心がけています。

 

7000名近くの大規模事業所ですので、全員に面談するマンパワーは

当然なく、結果表のコメントが社員さんにとっての唯一の指導記録に

なる場合もありますので、その点は人一倍気を使います。

 

 

ここで、鈴鹿市の工場における健診結果表作成の流れを示します。

 

 

胸部X線・胃部X線・心電図の、外部判定医による要精査結果が

工場に届く。 

私が要精査対象者の胸部・胃部のX線所見や心電図を、

実際の写真等を見て所見を確認し、過去と同所見かどうか・

過去に精査歴があるかどうか、などをチェック。

 

過去と同所見で近年精査済の場合は要精査対象者から外す。

また要精査と判断した場合、癌が示唆される所見等の場合は、

健診結果表作成の前に社員さんと面談し、直接説明し、紹介状を

渡して受診を促す。

健診システムに全ての検査項目が自動および手動で判定された結果

が表示されるので、その判定で正しいかどうかを一つ一つ見て行く。

判定は

 「異常なし・軽度異常・経過観察・要二次検査・要受診・治療中」に

分けられるので、項目一つ一つを吟味して、手作業で修正していく。

項目の判定付けが終わったら、コメント作成に入る。

コメントは自動出力される分もあるが、基本的にはフリーハンドで入力。

その場合、項目ごとに行うのではなく、所見をまとめて保健指導的に

入力していく。必要があれば就業に関する内容もチェックする。

 

 

ざっとこんな感じです。

  

コメント作成で所見をまとめるというのは、関連する項目を

バラバラにするのではなく、保健指導的に記載するということです。

  

 

「脂質・肝機能・尿酸・血圧の値が全体的に上昇傾向です。

昨年からの体重増加やアルコールの摂り過ぎの影響が疑われます。

腹八分目やウォーキング・適切な飲酒習慣(週2日休肝日を作る、

1日1合量までにする)を心掛け、体重減量・節酒による生活習慣病

所見の改善に努めてください」

 

 

といったメタボリックシンドローム対策的なコメントが、典型的かと

思います。

 

その他にはたとえば

 

「高血圧を認めます。また尿蛋白や心電図異常(心筋障害疑い)も

認められます。高血圧は腎臓や心臓に慢性的な負荷をかけ、尿蛋白や

心電図異常の原因となります。お近くの循環器内科で定期的な管理を

受けるとともに、体重減量や節酒による血圧のセルフケアにも努めて

ください」

 

 

 

といったように項目ごとに記載せず、高血圧の合併症のサインについて

配慮したコメントを記載したりします。 

 

 

他には、問診票の自覚症状にも配慮して判定やコメントを記載します。

 

軽度の聴力異常を認めて、普通ならば経過観察とするところを、

耳鳴りの自覚症状の記載がある場合は、要二次検査の判定にしたり、

また加齢性ではなく騒音性難聴の可能性を疑った場合は、面談して、

作業内容や保護具の着用状況・作業環境測定結果などもチェック

します。

 

 

また定期健康診断では、上記のような生活習慣病や職業病のチェック

も出来ますが、最も気を遣うのはやはり癌です。

 

ですので、胃部・胸部X線結果について、心配な場合は必ず面談して

紹介状を直接渡し、また自分自身の目で写真を必ずチェックします。

 

定期健康診断結果で、血液検査で癌が見つかる可能性がある項目は

やはり血算です。

 

貧血はもちろんのこと、稀に汎血球減少を認める場合があります。

 

ただ汎血球減少の場合は、白血球・赤血球・血小板全てが

異常値とは限りません。

むしろ全ての数値が基準範囲という事もあります。

 

ではどうやって汎血球減少に気づくのかというと、

当然ながら前年度の結果との比較です。

 

前年度の結果をきちんと確認すれば、今年分の結果だけでは全て

基準範囲に入っているように見えても、実は前年の数値よりすべてが

低下していたということに気づけます。

 

 

また癌対策で、前年度の結果と必ず比較しておくべき項目が

他にもあります。

 

それは体重です。

 

今年の体重が58kgBMI19.0の場合、痩せ気味の人かなと

思ってそのまま流そうした時、ふと前年度の数値を見ると体重72kg

だったということもあります。

 

この場合、ダイエットしたのか、それとも身に覚えなくやせたのか、

ということを調べなければいけません。

 

実は癌で体重が減少していたということも、なくはないかもしれませんから。

 

もちろんその場合は、貧血の有無や、白血球数、胸部・胃部X線、

便検査などの項目もチェックします。

 

また前年度から体重が大きく落ちている場合、気を付けないと

いけないことが他にもあります。

 

一つはもちろんメンタルヘルス。

極端な体重増減から、メンタル不調者を見つける事は時々あります。

 

もう一つは糖尿病の悪化。これは血糖値を見ればすぐに分かります。

基本的に体重を減らせば血糖は改善するはずですが、

体重低下と血糖値上昇を同時に見る場合は糖尿病の悪化ですので。

 

他にも甲状腺機能亢進症や多量飲酒なども念頭に置き、

甲状腺であれば不整脈や低コレステロールの有無の確認や、

多量飲酒であればMCVの上昇や貧血なども含めた検討します

 

それらのチェック以外にも、白血球の軽度上昇を認める場合は、

喫煙の影響が疑われることを記載したり、胃部X線で胃炎を認める

場合は、ピロリ菌への注意はもちろんのこと、喫煙・アルコールの

摂り過ぎは食道・胃粘膜に負担をかける、といったことも記載します。

 

当たり前ですが人間の体は全てが連動しているので、健診結果を

見る時は連動性と経年変化に着目してチェックし、このようなことを

ブツブツ考えながら、一人当たりの結果表を平均2~3分で作ります。

 

 

本当はこれって凄く大変なんです。

 

産業医の立場での安全配慮義務の観点からのコメントはもちろん、

保健指導効果を上げるために、アルコールの注意喚起を生活習慣病

項目だけではなく、胃部X線所見のコメントにも入れたり、また職業病

や癌・メンタル不調を極力拾い上げるなど、注意するポイントが

多すぎますので。

 

でも残念ながら、私がこんなに大変な作業をしているってことは、

多分誰にも分ってもらえていないと思います。

 

何故ならば、やっぱり自分自身で実際にやったことが無ければ、

その苦労はわかりませんから。

 

だから工場での健診結果表作成の苦労を誰にも分ってもらえない

のは、まあ仕方ないと思っています。

 

でもあまりに寂しいので、ここに書いちゃいました。へへへ。

 

 

 

ということで、今日は2月22日。

 

にゃん(2)にゃん(2)にゃん(2)で 『猫の日』

 

ウチの猫所長から最後に御挨拶を

 

View this post on Instagram

当事務所の猫所長。 #2月22日 #にゃんにゃんにゃん #猫の日 #猫所長

高田労働衛生コンサルタント事務所さん(@takadaoffice)がシェアした投稿 -

 

 

019年2月22日

 

 

2019年

2月

20日

開業産業医タイムテーブル大公開?

 

 

所長の髙田です。

 

 

今日は岐阜県の2か所の事業所と、愛知県犬山市の事業所での

産業医活動でした。

 

産業医活動終了後は、名古屋に戻り、クリニックで健診読影業務を行い、

最後に事務所で書類作成をしました。

 

開業産業医はどんなタイムテーブルで動いているのか、皆さんよく分からない

と思いますので、今日1日の活動を、少し細かく書いてみます。

 

 

何の参考にもならないと思いますが、良ければ参考までに。。

 

 

 

1.名古屋市 7:40発 ⇒(名神高速)⇒岐阜県安八郡 9:20着: 60km走行

【岐阜県安八郡工場・産業医活動】

9:30 10:00 総務部と打ち合わせ・申し送り

10:00 10:30 復職フォロー面談1名

10:30 10:40 長時間労働者健診・海外赴任者健診結果確認

10:40 11:00 復職フォロー面談1名

11:00 11:50 休職中フォロー面談1名

11:50 12:00 上司と打ち合わせ・申し送り

12:00 12:30 総務部と打ち合わせ・申し送り

 

 

2.岐阜県安八郡12:35発 ⇒ 岐阜市 13:10着: 17km走行

【岐阜市事業所・産業医活動】

13:15 14:30 総務部とフォロー社員4名について打ち合わせ・申し送り

14:30 15:10 職場巡視

 

 

3.岐阜市15:15発 ⇒ 犬山市 16:05着: 30km走行

【犬山市事業所・産業医活動】

16:10 16:45 休職中フォロー面談1名

16:45 17:00 総務部と打ち合わせ・申し送り

 

 

4.犬山市17:05発 ⇒ 名古屋市 18:15着: 35km走行

【名古屋市クリニック活動】

18:15 18:50 健診読影業務

(胸部・胃部X線、腹部エコー、マンモグラフィ、心電図)

【名古屋市事務所活動

19:00 19:40 休職社員・精神科主治医への情報提供書作成

19:40 20:30 提携産業カウンセラーへのカウンセリング依頼・申し送り作成

 

 

こんな感じでした。頑張りました。

 

お昼ご飯は無しでした。

いつもほぼ食べないんですけどね。

 

合計140km以上運転しましたが、相棒のミライース君も一緒に頑張りました。

 

 

 

事故のリスクの高い仕事で毎日不安ですが、明日も頑張ります。

 

明日は名古屋市内の活動で、地下鉄の移動なので気楽ですけど。

 

 

 

2019220

 

2019年

2月

19日

偉大なるBI砲

 

 

 

所長の髙田です。

 

 

今日は三重県鈴鹿市といなべ市での産業医活動の予定が、

東名阪道で朝、大事故があったらしく、その煽りで鈴鹿市での

産業医活動を終えた時刻でも渋滞が。

 

 

結局いなべ市での産業医活動はキャンセルさせていただき、

名古屋まで2時間かけてなんとか帰宅しました。

 

東名阪道の事故渋滞で産業医活動がキャンセルになったのは、

今年早くも2回目。

 

四日市ジャンクションがどうしても事故が多いんですよ。

 

3車線の道路に、2車線で横倒しになったトレーラーの横を、

残り1車線で通り過ぎていったこともあり、事故多発地帯です。

 

いつ自分も巻き込まれるか、戦々恐々としています。

 

といっても、普通に走れば高速道路は事故なんてしないはずなんですが。

 

「普通に走れば」 ですけど。

 

 

 

話はガラッと変わり、今日は、故ジャイアント馬場の20回忌追悼興行が、

両国国技館で行われているそうで、アントニオ猪木が初めて、

ジャイアント馬場の追悼興行に参加したそうです。

 

馬場の死後20年でようやく、猪木が馬場の興行に参加したのは、

やはりそれだけ大きな壁はあったということでしょうか。

 

でも猪木も、明日の誕生日でもう76歳。

 

健在なうちに馬場の追悼興行に参加してくれたのは、

昭和のプロレスファンとしては本当に良かったと思いました。

 

自分がプロレスファンになったのは、1980年に、

当時WWF認定ジュニアヘビー級王者だった藤波辰巳の試合を観てから。

 

YouTubeで昔の映像を観ると、記憶が美化されていたのかなと感じることも

多いですが、藤波の当時の試合は、今観ても本当に素晴らしい。

 

プロレスという、競技と芝居がファジーな境目で交わっている不思議な

ジャンルに、正面から真剣に向き合うひたむきさを強く感じる。

 

その基礎には、プロレスというジャンルをはるかに超えた、

カール・ゴッチのもとでの数ヶ月におよぶ鍛錬があったんだなと思いました。

 

 

 

当時プロレスファンになった時は、ジャイアント馬場は42歳。

アントニオ猪木は37歳。

 

馬場は既にピークを越えており、猪木は今映像を観るとピークを過ぎていた

のは分かるけど、まだ全盛期の雰囲気を残していました。

 

馬場は衰えた姿をたくさん見せてから亡くなり、猪木の試合も既に知らない

プロレスファンが増えている今、馬場・猪木と言っても何も感じない人が、

大半なのでしょう。

 

でも自分ら昭和のプロレスファンにとっては、永遠のBI砲。

 

2人の偉大なプロレスラー。

 

 

 

昭和のプロレスで、プロレスの殿堂と言われた会場がありました。

 

その会場の名前は 「蔵前国技館」。

 

相撲の殿堂で、1985年に両国国技館に建て替えられましたが、

プロレスの殿堂でもありました。

 

力道山がシャープ兄弟や木村政彦と試合をしたのは蔵前国技館。

 

23歳の猪木が東京プロレス旗揚げ戦で、ジョニーバレンタイン相手に

闘ったのも蔵前国技館。

 

猪木が新日本プロレス旗揚げ後、ルー・テーズ、カールゴッチ、

ストロング小林、大木金太郎、ビル・ロビンソン、アンドレ・ザ・ジャイアント、

スタン・ハンセン、ハルク・ホーガン・・・キラ星の如くのレスラー達と

記憶に残る試合の数々をしたのも蔵前国技館。

 

永遠に語り継がれる初代タイガー・マスクのダイナマイト・キッドとの

デビュー戦が行われたのも蔵前国技館。

 

方や馬場は、全日本プロレスの前の日本プロレス時代にピークが来ていた

こともあり、全日本プロレス時代には、馬場の試合で蔵前国技館で印象に

残る試合はあまりなく。

 

どちらかというと、ザ・ファンクス、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ザ・シーク、

スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディといった豪華外国人レスラー達の

記憶が強い。

 

 

 

でも、プロレスの殿堂たる蔵前国技館が取り壊されることになった1984年、 BI砲は記憶に残る素晴らしい試合を、最後の蔵前国技館でそれぞれ

行いました。

 

ジャイアント馬場は、1984年7月31日、PWF王者スタン・ハンセンに

挑戦したシングルマッチ。

 

全日本プロレス移籍後も、飛ぶ鳥を落とす勢いが止まらなかった

スタン・ハンセンに、ピークを過ぎていたジャイアント馬場が挑んだ試合。

 

ところどころで反撃するものの、スタン・ハンセンの勢いに完全に

飲まれていく馬場。

 

試合の結末は最初から決まっていたとしても、ハンセンの攻撃にひたすら

耐える馬場の姿はリアル。

 

長年プロレス実況をしてきて、プロレスの表も裏も知り尽くした日本テレビの

倉持アナウンサーが、馬場の忍耐に泣きながら実況したのは有名な話。

 

でもここまで圧倒されている馬場が、ハンセンに勝つのは説得力が無い。

 

では、どのようにして勝つ?

 

ショートレンジのウエスタンラリアットをカウント2で馬場にキックアウトされた

ハンセンが、馬場をボディスラムで投げようと抱え込んだ。

 

その瞬間、1秒ほど間があいた。

 

ハンセンの首を抱えた馬場は、後ろに倒れそのまま器用に丸め込んだ。

 

馬場の人生唯一のスモールパッケージホールド。小包固めでカウント3。

 

強いハンセンに衰えた馬場が勝つには、返し技しか説得力がない。

 

その返し技が、ジャイアントな男が使うスモールパッケージホールドという

痛快さ。

 

馬場勝利の瞬間、まさかの結末に蔵前国技館のファンは総立ちで

狂喜乱舞。

 

 

 

そしてその2日後の1984年8月2日に行われたのが、

アントニオ猪木の蔵前国技館ラストマッチ。

 

当時ハンセンと同じく飛ぶ鳥を落とす勢いだった、維新軍団の長州力

とのシングルマッチ。

 

この試合はあまりに素晴らしくて、当時小学5年生だった自分は

テレビの前で正座をして夢中で観ていた。

 

猪木に勝って欲しいという気持ちはもちろんあったけど、それよりも何よりも

お互いのプロレスラーとしての佇まいと技の交換に引き込まれた。

 

我に返った瞬間で覚えているのは、当時幻の技になりつつあった猪木の

ジャーマンスープレックスホールドが出た時。

 

今になって振り返ると、最後の蔵前国技館で、ストロング小林を沈めたジャーマンスープレックスホールドを出したのは、本当に素晴らしい。

 

最後のフィニッシュも、延髄切りや卍固めではなく、グラウンドコブラツイスト

でのカウント3。

 

プロレスラーのグラウンド技術を鮮やかに見せた猪木の真骨頂。

 

あまりに素晴らしい試合でカウント3が入った瞬間、蔵前国技館のファンは

総立ち。

 

でも3日前の馬場の試合の時のまさかの結末で狂喜乱舞での総立ちでは

なく、あまりに素晴らしい試合の攻防への称賛の拍手という感じだった。

 

試合時間は今でも覚えている29分30秒。

 

その年の東京スポーツ制定のプロレス大賞年間最高試合。

 

馬場とは違って、ピークの名残りをまだ残していた猪木の、相手を真正面

から受け止めた上で、プロレスラーのプロのレスリングテクニックを存分に

見せつけた最後の試合。

 

ストロングスタイルって何?

と今のプロレスラーですら言っているが、あの試合こそがストロングスタイル。

 

あの試合を観たから、プロレスファンとしての誇りが未だに持てている。

 

そして自分の産業医としてのスタンスも、あの試合のようなストロングスタイルでいたいと常に思っている。

 

他の人が聞いたら、何を言っているのかサッパリわからないだろうけど。

 

 

 

でも、あの当時のポジションで、ファンを狂喜乱舞させたジャイアント馬場も、

やはり偉大なプロレスラー。

 

BI砲が揃って、昭和プロレスの殿堂の蔵前国技館で、今でも鮮烈に記憶

に残る名勝負を残したのは、やはり偉大な2人のプロレスラー。

 

 

「プロレスなんて八百長だろ?」

 

 

「プロレスなんて何が面白いんだ?」

 

 

当時小学生だった自分は、同じ子供からも大人からもプロレスについて

嘲笑を受けていた。

 

でもプロレスへの愛が強過ぎて、真っ向から反発していた。

 

お前らは何も分かっていない。

プロレスこそがキング・オブ・スポーツだ、と。

 

プロレスの表も裏もさらけ出された現代だけど、騙されたなんて自分は

サラサラ思っていない。

 

あの当時のアントニオ猪木は、キング・オブ・スポーツを名乗っても良かった

と今でも思っている。

 

だから猪木はモハメド・アリに真剣勝負で挑んだ。

 

猪木の言っていることは、プロレスについては首尾一貫している。

 

白黒が明確な他のスポーツと違って、プロレスは全てがファジーな

底が丸見えの底なし沼。

 

 

 

産業医は、昭和プロレスと似ていると俺はいつも思う。

 

産業医は、疾病や怪我を予防するために動くけど、予防できたかどうか

なんて本当は分からない。証明する手立てはないから。

 

だから予防しているだろうという前提の活動が多い。

 

そういうところは最初から結末が決まっているプロレスと似ている。

 

正直に言って、作業管理や作業環境管理は、産業医じゃなくても

誰でも出来ること。

 

メンタルヘルス活動も、産業医じゃなくても出来るといえば出来る。

 

でも医学知識をもとにして、労働者を本当に全人的に捉えて、

健康診断結果の持つ本当の医学的意味をきちんと吟味して、

予防活動が出来るのは、医師しかいない。

 

心電図判読という医師のベーシックな技術が出来ない産業医は

正直言って居る。

 

心電図が読めなくても産業医活動は出来る。

 

でも健康診断の法定項目の心電図をきちんと読めるようにするのは、

産業医としての矜持。

 

本当の技術をきちんと身に付け、本当に病気を予防するということに

出来る限りリアルに近づきたい。

 

そういうところは、本当の技術を身に付けるように努力して、

少しでもリアルな部分を試合に出して客を引き込ませたいと思っていた

猪木のストロングスタイルと似ている。

 

産業医は、ガチンコの総合格闘技ではなく、ストロングスタイルのプロレス

だと、自分は定義している。

 

だから産業医が肌に合ったのかもしれないし、産業医活動であちらこちらに

行く自分の今のスタイルは、ミミズ並みの体力でプロレスラーは夢のまた夢

だった自分の、昔憧れたプロレスラーへのオマージュだと思っている。

 

 

職業に貴賤なし。

  

ありがとう、プロレス。

 

 

偉大なBI砲よ、永遠に。

 

 

2019219

 

2019年

2月

18日

とにかく地道に続けること

 

 

所長の髙田です。

 

 

今日は名古屋市消防局での産業医活動でした。

 

名古屋市全16区の消防署全てで産業医活動をしていますが、

今日は全消防署の署長が集まる中央安全衛生委員会が開催されました。

 

名古屋市消防局は、河村たかし市長も居る名古屋市市役所内にあり、

今日の委員会も市役所内で行われました。

 

名古屋市市役所は歴史ある建造物で、映画やドラマの撮影もよく来るそう

ですが、ずっと仕事をする人たちにとっては、なかなか厳しい建物の環境

のようです。。

 

 

 

名古屋市消防局での産業医活動はこれで満3年、

4月から4年目に突入します。

 

今までは名古屋市内の全16の消防署および3つの関連施設を、

1年かけて全て訪問し、職場巡視や健康講話・面談業務を行うという形

でしたが、4月からはそれに加えて月1回、復職面談等も健康管理室で

行って欲しいと打診を受けました。

 

手前味噌ですが、各消防署で行う健康講話の内容だけでなく、職場巡視を

きちんと行うことや、面談を穏やかに行うこと、中央安全衛生委員会で

きちんと意見を述べることなどを、評価していただけたようです。

 

 

私は現在、20社以上と産業医契約をしていますが、

今回の名古屋市消防局のように、訪問時間や回数を増やして欲しいと

言っていただいた企業が7社ほどあります。

 

業務内容を評価していただけるのは、産業医冥利に尽きるのはもちろん

ですが、事務所の経営という現実的なことを考えた場合も、本当に有難い

ことです。

 

 

今、多くの産業医事務所や保健師事務所が出来て、

産業保健分野は新しい時代に突入しています。

 

ヤル気のある産業保健職や企業側スタッフ双方にとって、

良い時代になってきたと思いますが、開業独立する産業医や産業保健師は

絶対数としてはまだまだ少なく、これから認知度を上げる努力を更に

しなければならないと、個人的には思っています。

 

認知度がまだそれほど高くない現在においては、弊方のような

産業医事務所や保健師事務所の経営は、準備資金がそれほどかからない

メリットはあるものの、営業力という難しい問題もあるため、

経営が軌道に乗るまでは楽ではないと思います。

 

私も6年前に事務所を開業した時は、3年間は2泊以上の旅行はしないと

誓い、休みなどいらないからとにかく働き続けようと思い、産業医案件を

貪欲に探し回り、産業医依頼が基本的に少ない土曜日は人間ドック健診

業務を入れるなど、自身の経験値のためはもちろんですが、それ以上に

メシを食うためにという理由でガムシャラに働き続け、体を壊しかけたり

しました。

 

経営を早く軌道に乗せたいと思うと、どうしても産業医活動1回あたりの

単価を高くしたいという思いが強くなるのですが、なるべく相場より低い

価格で産業医活動を提供したいという思いが強いので、依頼される仕事は

どんどん受けて、産業医活動を行いました。

 

名古屋市消防局も、当然ながら民間企業ではないので、産業医契約料は

相場より低い価格です。

 

でも仕事を依頼されることは有難いので、お金だけじゃないなと思って

産業医活動を真摯に行っていたら、気が付けば多くの事業所で訪問を

増やして欲しいと言っていただき、結果として事務所の経営を軌道に

乗せることが出来ました。

 

もちろん訪問回数を増やすと、その分移動時間が増えるので体にはキツイ

ですが、子供の頃憧れたプロレスラーが地方巡業する姿が今でも心に

残っているので、誇りをもって飛び回っています。

 

高額な契約料を最初から勝ち取ることも、営業としてはアリだとは

思いますが、まずは安価でも一生懸命仕事をして、自分の人となりを

見ていただくことも大事だと、今までの経験では思いました。

 

 

地道にコツコツやることが、結果としては「損して得取れ」という形に

なるんだなと、個人的には思います。

 

今は泥臭く生きることは好まれず、オンラインで皆で繋がり、少ない労で

最大の稼ぎを得るスマートな生き方が好まれていると思いますが、どんな

時代になっても地道にコツコツ泥臭く生きれば、必ず突破口が開けると

いう事を改めて感じています。

 

 

2019218

 

 

 

2019年

2月

17日

ブログ復活

 

 

所長の高田です。

  

 

事務所ブログを1年半ぶりに再開しました。

 

 

開業産業医という馴染みのない仕事形態について、

皆様に知っていただこうと、Twitterで日々の移動など

活動状況を積極的に報告してきました。

 

 

おかげで、とにかく私があちこちに移動しているという事だけは、

産業医訪問先の担当者の方々に知っていただけたようです。

 

 

またTwitterは即時性が強く、私の日々思う事も書いてきました。

 

 

色々な方と触れあう事もあり、面白いと思うようになりましたが、

Twitterのユーザーには、とある共通の特性があると思いました。

 

 

それは

 

 

「人に自身の優位性を誇示したがる」

 

 

という特性です。

 

 

字数制限があるという理由もあるかとは思いますが、

面白いもので、殆どの方が自身の優位性を誇示する文章を

投稿しています。

 

 

そして自分も多分に漏れず、そのような内容の投稿が

増えてきました。

 

 

もともとそういった事をしたくて始めたわけではなく、

ただ自分の行動や思う事を発信したかっただけなので、

誰もフォローもしていないのですが、SNSの世界は知らぬ間に

様々な方々と接する機会が生まれ、そのことにより自分自身の

感情の変化も、知らぬ間に起きるようになっていたと思いました。

 

 

人と接することにおいては、どうしても自身の優位性を示す

ということをすることになってしまいますので、Twitterを

使用する目的はもう達成されて、今は違う事を行っているように

思いました。

 

 

単に自身の考えを発信するのはこのブログの方が、そういった

人間関係の駆け引き関係なく出来ますので、

今後はこちらのブログで、私の産業医や予防医学の考えについて

発信出来ればと、原点回帰するつもりでおります。

 

 

また普段の活動をリアルタイムで報告するツールとして、

インスタグラムをTwitterの代わりに始めようと思います。

 

 

ただこれも結局、Twitterと同じことになる可能性はありますが、とりあえず試行錯誤していこうと思います。

 

 

皆様、引き続きよろしくお願いいたします。

 

 

 

2019年2月17日

 

 

高田

 

2017年

10月

25日

人間ドック学会&保健指導研修

 

所長の高田です。

 

 

すっかりと筆不精になってしまい、このままだとブログもひっそりと

自然消滅するので、気力を振り絞って書いております。

 

もうすぐ11月で今更ですが、8月下旬に参加した、埼玉県の大宮で

開催された日本人間ドック学会のことを少し書きます。

  

 

今回も一般演題発表の座長をさせていただきました。

 

写真の会場は演題開始前です。

 

 

私は「コンピュータシステム」のセッションを担当させていただき、

6名の方の口演発表がありました。

 

現在人間ドック健診の世界で普及してきた遠隔読影についての発表や、

巡回健診バスで撮影したX線写真がリアルタイムで医療機関に転送される

システムの運用についてなどの、興味深い発表がたくさんありました。

 

特に後者の発表は、読影の効率化という医療側のメリットのみならず、

巡回健診で撮影したX線写真の読影結果が、すぐに現場の診察医のもとに

来て、診察時にある程度の結果が伝えられる…といった受診者サービスの

向上の可能性もあるかと思い、巡回健診に新たな価値の構築が出来るので

はと、大変期待させられる内容でした。

 

 

また学会から1か月後の9月下旬には、『人間ドック健診情報管理指導士』の資格更新研修のために、大阪に行きました。

 

 

この資格は、特定保健指導を実施する医療職が、必要とされる研修を修了

したことを証明する人間ドック学会が認定する資格で、5年ごとに更新が

あるため、定期的にブラッシュアップ研修を受けることになっています。

 

本研修は、医師はもちろんのこと、保健師・管理栄養士も参加して、

保健指導症例についてグループワークを行うという、非常に珍しい

多職種間研修です。

 

 

私のグループは全員で6名で、医師2名、保健師3名(うち男性1名)、

管理栄養士1名の構成でした。

 

職種が違うことはもちろんのこと、施設が異なると保健指導に関する

考え方や、受診者へのアプローチが微妙に異なるので、意見を交換して

楽しかったです。

 

最近は「動機付け面接」という言葉もあるように、一方的に指導内容を

伝えたり、合併症について脅し文句のような内容で、強制感を持つ

保健指導を行うということは殆どなく、私の参加したグループの皆さんも

全員、きちんと受診者の訴えに耳を傾け、相手の反応を見ながら

生活習慣改善を提案していくスタイルの指導を行われているようでした。

 

 

保健指導というのは、実は指導内容は実は決まっているんです。

 

つまり、

 

「体重を落とす」

 

「お酒を控える」

 

「禁煙する」

 

ほぼこれだけなんですね。

 

更に減量指導の中には、摂取カロリーのコントロール、日常生活活動量の

増加、定期的な運動習慣の獲得、減塩による食事量コントロールなどが

含まれます。

 

 

従って伝えたいことは決まっていますので、結局は

 

 

”行動変容をいかに起こさせるか”

 

 

ということになってくるのです。

 

つまり保健指導の本質は、減量の技術論ではなく、いかに動機付けさせる

ことが出来るかというコミュニケーションなんですね。

 

そういう意味では、メンタルヘルス面談と本質はなんら変わりません。

 

 

ではどうしたら嫌がる受診者に、行動変容を促す動機付けをすることが

出来るのか?

 

それは、

 

 

「自分を相手に信頼してもらう」

 

 

ことに尽きます。

 

だから一般的な人間関係において重要なことと、全く同じなんです。

 

 

ただ難しいのは、一般的な人間関係の構築は長い時間がかけられますが、

保健指導は平均15分程度、長くても30分。

 

この短い間に信頼関係を構築しなければならないことが、保健指導を

困難なものにしています。

 

 

では医療職は、どのようにして受診者と信頼関係を構築すればいいのか?

 

一つは

 

『飛び道具』

 

を使う事。

 

 

つまり、ネット上でとびかっている

 

「これさえ飲めば痩せられる!」

 

といった夢のような情報を提供することです。

 

 

これは殆どの受診者が飛びつかれると思います。

 

何故ならば夢のような話ですから。

 

 

でも現実はそのような美味い話はありません。

 

無いどころか、“健康被害の落とし穴”がある場合が多いので、倫理観の

あるまともな医療職はそういった『飛び道具』は絶対使用しません。

 

 

それにダイエットで大事なのは、結果ももちろんですが、

本当に大事なのは『プロセス』なんです。

 

『プロセス』に予防医学のエッセンスが濃縮されているので、

ダイエットのみではない、全ての健康に好影響が出てくるのです。

 

その『プロレス』じゃない、『プロセス』を軽視して、簡単に結果を

手に入れようなどと欲をかくと、先日の衆院選の某政党のように、

結局すべてを失うことになりかねません。

 

 

では『飛び道具』を使わないのであれば、我々医療職はどうすれば

受診者の信頼を短時間で得られるのか?

 

これは永遠の課題ではありますが、私も保健指導を約13年続けてきて、

ある程度答えが出てきました。

 

それが巷で「動機づけ面接」と言われているものと同じ内容には

なってきますが、もっと細かく、面談時の立ち振る舞いや相槌のうち方、

声のトーンの変え方までも含め、15分の間に信頼を得るための全ての

エッセンスを入れ、その上で『傾聴』をしつつ効率的な指導を組み立てていくことで、かなりの行動変容を促すようになってきました。

 

 

ただ一つ大事なのは、一度の指導で全ての改善を期待しないことです。

 

一度の保健指導で行動変容が起きれば素晴らしいですが、必ずしも

そうもいかない場合も多いので、そういった場合は、

 

“次回のチャンスを待つ”

 

といったことも大事になります。

 

私は執念で3年間ニコニコしながらも、しぶとく保健指導のジャブを

打ち続け、結果として3年間で信頼関係が構築でき、飲酒習慣の行動変容

による肝機能の改善に繋げたこともあります。

 

 

そういったノウハウを、非常勤講師をしている大学の保健師の卵の

学生さんに伝えています。

 

このノウハウは私が業務を通して必死に作り上げた財産ですが、

どんどん教えています。

 

当たり前のことばかりですが、保健指導で悩んでいる経験の浅い保健職の

方がいらっしゃいましたら、お尋ねください。

 

 

ただ今回の保健指導研修で残念だったのは、講師の医師・保健師・

管理栄養士の方々が、あまり保健指導の実践経験が豊富ではなさそう

だったことです。

 

講義で文献を引用したりしてご説明されていましたが、保健指導領域の

論文は正直言って、そこまで価値の高いエビデンスは無いので、

“エビデンス信仰”にこだわり過ぎず、自分自身の経験からの具体的な

もっと多くしていただきたかったです。

 

保健指導の成功例は誰でも経験があるので、失敗例を講義で取り上げる方

が、保健指導に従事するスタッフに共通する課題が必ず見つかるので、

その点が残念でした。

 

 

最も残念だったのは。アルコール依存症治療専門の医師の方が、未だに

 

11合量までならば可」

 

とか

 

「ある程度のアルコールは死亡率を下げる。Jカーブより」

 

などと説明されていたことです。

 

 

でも、その研修に参加したのは保健指導を行う医療職ですからね。

 

我々の指導対象となる方は、基本的に健診で異常のある方なんですよ。

 

既に健診データ異常が見られる方達には、基本的に飲酒をするのは

デメリットしかないので、

 

11合量までなら可」

 

なんて、定型的な指導は有り得ないんです。

 

 

それが当てはまるのは、百歩譲って健診データ異常の無い方のみ。

 

ただ、巷でのコンセンサスとなっている、11合量、つまりビールだと

1500ccまで可、なんてことも本当は怪しいんですよ。

 

健診データを真面目にたくさん見ている医療職ならば、毎日ビール500cc

も飲んでいたら、脂質・肝機能・尿酸は確実に数値が上昇しますし、

貧血予備軍のMCVの上昇も認めることは、よくある光景であるはずです。

 

 

また、休肝日の設定をあまり強調されない説明だったのも疑問でした。

 

休肝日をとれない方は、アルコール依存の入口に居る場合が多く、

休肝日を取れるかどうかが、飲酒の管理が出来る最も大きな目安となる

からです。

 

保健指導では体重や肝機能の急激な増減から、内科的疾患の可能性は

もちろんですが、長時間労働や交替勤務やメンタル面の問題を、要因と

して認めることがしばしばあり、不眠がキッカケで多量飲酒となり、

その結果としてメンタル面が余計に悪化するということもしばしば認め

ます。

 

そのため、健診結果からの保健指導では広い観点から考える必要があり、

その中でも飲酒というのは、一つの大きなカギとなります。

 

 

にもかかわらず、そういった疑問だらけの内容のアルコール講義を、

研修に参加した多くの保健師・管理栄養士さん達が素直にウンウンと

頷かれて聴かれていたので、今後の保健指導に悪影響が出るのではと、

不安になってしまいました。

 

 

疫学統計や教科書も結構ですが、予防医学は実践の医学ですからね。

 

次回の研修では、もっとリアルな内容に期待します。 

 

 

私も人様に保健指導する以上、私がいつも保健指導で伝えている内容は

自分自身が実践しています。

 

下の写真は、保健指導研修2日前の、私の体重とBMI・体脂肪率です。

 

 

ライ〇ップといったジムに行かなくても、1日3000歩くらいしか

歩けなくても、時々スナック菓子を食べても、時々お酒を飲んでも、

加齢でダイエットは難しくなると一般的に言われる40歳半ばの中年でも、

これくらいは体重・体脂肪率をコントロール出来ます。

 

今は腹筋もパッキパキです。

 

 

「私が証明よ!」

 

 

とCMで叫ばれていた、某化粧品会社の女性社長さんみたいな感じですね。

 

私がBMI25を超えるのは、この仕事を諦めた時でしょう。

 

  

といったことで、長くなり過ぎましたので、この辺で失礼致します。

 

2017年

9月

10日

第58回日本人間ドック学会に参加して(前編)

 

所長の高田です。

 

 

先月、埼玉県の大宮で開催された第58回日本人間ドック学会に

参加しました。

 

 

学会前日に、人間ドック学会認定施設機能評価のサーベイヤーが集まる

研修会がありましたので、参加してきました。

 

 

ーベイマニュアルが改訂予定なので意見交換が行われました。

 

意見交換の前に、昨年は全国で78件のサーベイがあったという報告が

ありました。

 

私は昨年サーベイに6回出務していますから、もうすぐで出務率1割に

なるところでした。

疲労困憊になったわけだ。。。

 

 

人間ドック分野は保険診療とは異なる自由診療の世界のため、一歩間違え

ると、医療倫理よりも利潤優先で暴走する施設が出る可能性があります。

 

そのため人間ドック健診施設における質の担保はもちろん、医療倫理の

担保のためにも、人間ドック学会が果たすべき役割は大きいです。

 

全国の様々な施設から出席された医師・保健師・診療放射線技師・

臨床検査技師・事務職のサーベイヤーの方々と、様々な観点から意見交換

が出来て、私自身も気づかされるところがあり、また改正された個人情報

保護法に関する講習もあり、健診データを扱う産業保健分野にも関わる話

を聴けて、非常に有益な時間でした。

 

 

一つ思ったのは、自画自賛する訳では無いのですが、私は人間ドック健診

において、気が付けば非常に多くの経験を積んでおり、本当に多面的な

観点から物事を考えることが出来るようになっていたと、多くの方との

意見交換を通じて感じました。

 

私は現在嘱託産業医活動を多くの事業所で行っていますが、当然健診の

事後措置や保健指導を行っております。

 

私は臨床研修終了後、すぐに産業医活動を始めていますので、健診の事後

措置や保健指導はライフワークと言っていいくらい数えきれないくらい

行っており、様々な保健指導の知識や対話スキルを身に付けました。

 

非常勤の大学の看護学科での講義でも、その身に付けた保健指導スキルを学生さんに伝えています。

 

また産業医活動においては、健診を自社の施設で行っている大規模事業所

もあり、現在も私はそういった事業所で健診結果票を作成するところから

携わっており、またその施設は診療所登録がされていますので、健診の

有所見者の二次検査の診療にも携わっております。

 

更には産業医活動と並行して、非常勤の人間ドック健診業務を様々な病院

やクリニックで行っており、また病院における人間ドックの常勤医として

の勤務や、実家の健診クリニックで『経営』『教育』という目線の経験も

積むことが出来ています。

 

このように病院・クリニック・事業所において幅広い人間ドック健診経験

を積むことが出来ている医師サーベイヤーは、もしかしたら居ないのでは

と、今回改めて思いました。

 

この経験値こそが私の最大の武器であり、産業医大という特殊な大学を

卒業して、臨床医学の明確なバックボーンが無いという状態をどうすれば

良いかを常に自問自答し、心地いい産業医の枠内になるべく収まらず、

予防医学と臨床医学の接点である人間ドック健診業務を、産業医活動と

並行してコツコツ積み重ねてきたことが、気が付けば巨大な経験値と

なっていたことに、今回のサーベイヤー研修会で気づかされました。

 

このことが今回の研修会における一番大きな収穫だったかもしれません。

今まで携わってきた方たちへの感謝の想いを、改めて抱きました。

 

 

参加する前は、研修時間が5時間ぶっ通しなことや、お偉いおっちゃん

おばちゃんの集まりが苦手なので、どうにも参加する気になれないと

ブツブツ思っておりましたが、結局は参加して良かったです。

 

いつもこうなんですが。。。

 

 

ということで、サーベイヤー研修会のことをダラダラ書いたら、長文に

なってしまいましたので、一般演題発表の座長をさせていただいた

学会初日の話は、また次回に。

 

明日は、広島市の事業所への出張訪問です。

 

 

2017年

8月

26日

『PRIDE』の想い出~産業医はプロレスラー?~

 

所長の高田です。

 

今回のブログは、本当にただの雑談です。

 

 

今日・明日と我が名古屋では『どまつり』という大きなイベントが開催

されていますが、明日アメリカ・ラスベガスでは世界的なイベントが

開催されます。

 

 

「フロイド・メイウェザー VS コナー・マクレガー」

 

 

ボクシングの49戦無敗の絶対王者と、総合格闘技UFCのスーパースターと

のボクシングマッチです。

 

ボクシングの絶対王者と、総合格闘技の王者とは言えプロボクシングの

試合経験の無い選手との試合に、当然ながら賛否両論が凄まじいですが、

今日見たイギリスのBBCでもこの試合が特集されていて(マクレガー選手

がアイルランドの出身ということもあるでしょうが)、世界的な注目を

集めています。

 

 

でも個人的にはそんな競技論に基づいた賛否両論よりも、初代タイガー

マスク・佐山聡が創始した総合格闘技シューティングの選手が、ガラガラ

の後楽園ホールでオープンフィンガーグローブをつけて試合をしていた

80年代後半、第1UFCの初オクタゴンで素手と柔術着で試合を行い、

圧倒的強さで優勝したホイス・グレイシーの90年代前半の衝撃といった、

総合格闘技の黎明期をリアルタイムで観てきた自分にとっては、

総合格闘技というジャンルが、ボクシングを凌駕しようという怪物級の

ジャンルになったことに、感慨深さと時の流れを感じさせられました。

 

 

日本でも90年代後半から約10年間、総合格闘技の大会が大人気でした。

 

その大会の名前は

 

 

PRIDE

 

  

先日、人間ドック学会で埼玉県の大宮に行ってきましたが、宿泊した

ホテルがある「さいたま新都心駅」のすぐ目の前に、さいたまスーパー

アリーナという大会場があります。

 

ここにPRIDEの大会を、昔観に行きました。

 

16年ぶりにさいたまスーパーアリーナを観て、あの時の興奮を懐かしく

思い出しました。

 

 

PRIDEの第1回大会は1997年、プロレスラーの髙田延彦が“400戦無敗”

ヒクソン・グレイシーと、総合格闘技ルールで対決するためのイベント

でした。

 

当時大学生だった自分は、東京ドームでの大会を観に行くことが出来ず、

まだネット環境も整っていない時代でしたので、週刊プロレスの試合結果

速報ダイヤルに電話して、5分弱で髙田延彦が一本負けしたことを聴き、

ひどくガッカリしたことをよく覚えています。

 

髙田延彦がデビュー2年目からテレビ中継に出て、新日正規軍VS維新軍

55勝ち抜き戦に出場して大活躍する姿を観てきたプロレスファンの

自分としては、プロレスというジャンルの脆さに悲しくなりました。

 

 

しかしその年の12月、髙田延彦の弟子のプロレスラーが、日本で行われた

UFC日本大会で、体格も圧倒的に上だったブラジリアン柔術黒帯の選手

に、一本勝ちをして、

 

「プロレスラーは本当は強いんです!」

 

と、オクタゴンの真ん中で叫んでくれました。

 

その選手の名は

 

桜庭和志

 

 

 

その後から桜庭和志の奇跡の快進撃が始まり、それにつれてPRIDEの人気

も高まっていきました。

 

ちょうどその頃、アントニオ猪木に憧れて大好きだった新日本プロレスが、強さの追求よりはプロレスの枠に閉じこもるような試合ばかりして

いて失望していたこともあり、プロレスラーがリアルな試合で勝ち続けて

いく夢のようなシーンのとりこになり、PRIDEを熱心に観に行きました。

 

 

   PRIDE 51999429日 名古屋レインボーホール

 

・桜庭和志VSビクトー・ベウフォート

・髙田延彦VSマーク・コールマン  他

 

 

   PRIDEグランプリ2000決勝戦:200051日 東京ドーム

 

・桜庭和志VSホイス・グレイシー

・桜庭和志VSイゴール・ボブチャンチン

・藤田和之VSマーク・ケアー  他

 

 

   PRIDE 102000827日 西武ドーム

 

・桜庭和志VSヘンゾ・グレイシー

・石澤常光VSハイアン・グレイシー

・藤田和之VSケン・シャムロック  他

 

 

   PRIDE 1120001031日 大阪城ホール

 

・桜庭和志VSシャノン ザ・キャノン リッチ

・小川直也VS佐竹雅昭 

・髙田延彦VSイゴール・ボブチャンチン

・谷津嘉章VSゲーリー・グッドリッジ  他

 

 

   PRIDE 1220001223日 さいたまスーパーアリーナ

 

・桜庭和志VSハイアン・グレイシー

・藤田和之VSギルバート・アイブル  他

 

 

   PRIDE 152001729日 さいたまスーパーアリーナ 

 

・石澤常光VSハイアン・グレイシー

・桜庭和志VSクイントン ランペイジ ジャクソン  他

 

 

当時、福岡県の産業医大の学生でしたが、真剣勝負の舞台で必死に闘う

プロレスラーの姿に夢中になり、青春18きっぷや夜行バスを使って、

一生懸命会場まで観に行っていました。

 

 

まだ名古屋ではPRIDEの知名度がなく、ガラガラの会場で桜庭和志が当時

最強と言われていたビクトー・ベウフォートを翻弄して圧勝する姿に感動

しつつ、途中の休憩時間が40分間も取られたことに頭にきて、喫煙所で

タバコを吸いながら再開を待った、まだ喫煙者だった頃の PRIDE 5

 

90分間試合してホイス・グレイシーに勝利し、その後ももう1試合行う

という、信じられないほど過酷な試合をこなす桜庭和志に感動し、しかし

その試合があまりに時間がかかり過ぎたため、夜11時過ぎても全試合が

終了せず、結局東京駅からの夜行バスの時間のために最後の試合が見られ

ずに、しぶしぶ東京ドームを後にした PRIDEグランプリ2000決勝戦

 

高いチケット代で有名だったPRIDEで、一番安い席を買ったら正真正銘

最後列だった、冷房のない真夏の西武ドームで、プロレスラー・ケンドー

カシンこと石澤常光が、なすすべもなく敗れた姿に腰が抜けんばかりの

ショックを受けながらも、最後に桜庭和志が勝つ姿を観て、何とか帰宅

する気力を得た PRIDE 10

 

プロレスラー絡みの試合がズラリと揃い、PRIDE 6以来の参戦を果たした

当時最強の噂のあった小川直也の試合に興奮し、その試合の前に桑田佳祐

がリングで何故か歌ったことが記憶に残った、超満員の大阪城ホールでの

PRIDE 11

 

PRIDEも楽しみだったけれど、次の日のクリスマスイブに当時の彼女と

お台場デートをすることが楽しみで集中力を欠き、桜庭和志の試合しか

ほぼ記憶に残っていない PRIDE 12

 

大ショックを受けた西武ドームのリベンジマッチがあると聞き、さいたま

スーパーアリーナまで足を運び、プロレスラー石澤常光がハイアン・

グレイシーにリベンジした試合を見守った、大学生最後の夏休みだった

PRIDE 15

 

 

プロレスラーが現実の真剣勝負の世界で大活躍する夢物語の真っただ中、

ちょうど産業医大の大学生時代で、夢中になれる時間がたくさんあった

ことは本当に幸せでした。

 

今回のメイウェザーーマクレガー戦の話題や、桜庭和志がUFCの殿堂入りを果たしたというニュース、16年ぶりに見たさいたまスーパーアリーナ

などで、色々な想いや記憶が甦ってきました。

 

誤解を恐れずに言えば、臨床医が総合格闘家だとしたら、産業医は

プロレスラーのような存在だと、個人的には思っています。

 

臨床医は病気に勝つために様々な知識を駆使して、出来る限りの診察と

治療を懸命に行いますが、あくまで評価されるのは病気に打ち勝つという

アウトカムであり、その勝利は必ずしも保証されていないにも関わらず、

勝てなければそれまでのプロセスは、残念ながら評価されにくいです。

 

一方産業医は、怪我や病気を予防するという決まった目標はあるものの、100%予防する方法は神様ではない限り有り得ないので、アウトカムへの

評価は必ずしも絶対ではなく、むしろ安全健康のリスクに対して出来る

限りの配慮が出来たかどうかという、プロセスが強く評価される傾向が

あると思います。

 

どちらかがいい悪いではないかもしれませんが、医師は元々アウトカムが

絶対的に求められる、ガチンコの試合を行う総合格闘家のような存在で

あるため、良い試合を提供して観客を満足させるプロセスを第一とする、

プロレスラー的要素のある産業医という存在は、医師の間でも残念ながら

軽視・蔑視する傾向はあり、それが名義貸しの産業医のような、誠意の

無い医師が存在しうる要因になっているのではないかと思います。

 

ただ職業に貴賤になどなく、プロレスラーには、プロレスの世界で観客

喜ばせるために、人を惹きつけるプロレスの試合を命がけで突き詰める

現代のプロレスラーいれば、往年のアントニオ猪木のようにプロレスの

世界で精進しつつも、ガチンコの技術も身に着け見せかけだけではない

本当の強さプロレスラーの矜持としつつ、よりリアルな試合を観客に

提供して満足してもらおうとする、『ストロングスタイル』を標榜した

選手もいました。

 

正直、ストロングスタイルを目指すプロレスラーはもう出てこないと

思いますが、自分は産業医の専門性を発揮しつつも、産業医の世界で

本来備えておくべきガチンコ技術(健診・二次検査に関する臨床能力、

全人的に診るプライマリケア能力)の研鑽も常に積み、よりリアルな

『ストロングスタイル』の産業医活動を提供すると同時に、医療機関での

人間ドック健診活動にも貢献する、産業医の枠に留まらない真の予防医学の医師になりたいと思っています。

 

産業医大を卒業した純粋培養の産業医で、臨床医学の専門のバックボーン

の無い自分が、目標とする予防医学の医師像を自分の中で創り上げられた

のは、幼い頃から大学生の頃まで見てきた多くのプロレスラー達の、様々

な苦悩を秘めた生き様に触れることが出来たからこそだと思っています。

 

だからこれからも、地方巡業をして全国の人達を喜ばせるプロレスラーの

ように、自分も毎日地方の事業所や病院を回り、産業医として人間ドック

の医師として、少しでも多くの方達に喜んでいただけるように旅芸人の

ように生きていきたいと思っています。

 

そういった自分自身に多大な影響を与えてくれた、プロレスラー達に

改めて感謝しつつ、明日のメイウェザーーマクレガー戦を観ます。 

DAZNにとりあえず入ってしまいましたよ。

 

 

いやーたくさん書いた書いた。

誰も見ていないブログだからいいだろう。

 

 

先日参加した人間ドック学会の話は、また次に・・・。

 

2017年

8月

23日

夏が過ぎていきますね

 

所長の高田です。

 

 

織田さんの熱い世界陸上も終わり、高校野球も終わろうとしていますね。

 

気温はまだまだ高いですが、朝晩の雰囲気に確実に秋の気配を感じて、

夏が過ぎ去っていく寂しさを覚えています。

 

 

さてお盆休みも終わりましたが、まだ少し休みボケという方々も

いらっしゃいますでしょうか。

 

私はほぼ普通に仕事をしていましたが、日帰りで奈良に行ってきました。

 

前から行ってみたかった唐招提寺に行ってきました。

 

建物が素晴らしかったですよぉ。

 

 

 

歳をとると、改めて素晴らしさを感じます。

 

 

世界遺産だったんですね。知らなかった。

 

まあ『世界遺産』って言われて初めて有難みを感じる風潮も、

おかしいとは思いますので、それはどうでもよく。

 

 

奈良の誇るアイドル、せんとくんとも2年ぶりに再会。

 

2年前
2年前
今回
今回

 

まあ確実に歳をとっていきますね。。。

 

 

最近の産業医活動は、相変わらず東海3県を駆けずり回っておりますが、

大阪への事業所に出張したり、頑張っております。

 

 

メンタルヘルス活動も、復職者へのフォローアップや、ストレスチェック

の高ストレス者面談など、最近また忙しくなってきました。

 

産業医活動の難しさを日々実感していますが、訪問を始めて数年が経過

する事業所が増えてきましたので、安全衛生体制が前進してきたことを

実感するようになってきました。

 

分煙化の実現や、熱中症対策の充実、工場内の5S活動の改善、

禁煙対策委員会の立ち上げ、長時間労働対策の強化など。

 

また私の衛生講話が中心だった安全衛生委員会を、社員さんの討議を

中心にして、職場環境改善に繋がりやすい形に変わってきた事業所など、

提言させていただいたことが、少しずつ形になってきた事業所が増えて

きており、嘱託産業医の難しさと同時に、喜びを感じることも増えて

きました。

 

今までの4年間は訪問事業所を増やすことを目標にしてきましたが、

その間に行ってきた嘱託産業医活動も、事業所の皆様もご協力のお蔭で、

確実に種から芽が出て成長しつつありますので、これからは業務の拡張

から業務の進化を目標に活動していきたいと思います。

 

 

ところで今日は産業医活動を休み、今から埼玉県大宮市に行ってきます。

 

明日あさってと大宮市で日本人間ドック学会が開催され、明日は口演発表

の座長もさせていただきますが、学会開催前日の今日はドック学会の

サーベイヤー研修があるので、参加してきます。

 

ただ、研修時間が12時~17時なんですよ。5時間ぶっ通しなんですって。

 

マニュアルの改訂があるので、討議の時間をたっぷりとっているん

でしょうが、私はお偉いおっちゃんおばちゃんの集まりは本当は

苦手なんすよ。。。

 

お前もおっさんもだろ!というお叱りを受けそうですが、いつまで

たっても気持ちだけはおっさんになり切れないんです、ワタクシ。。。

 

だから本当は学会とかも好きじゃないんすよ。

 

なんだかなぁと感じることも多く。

 

だから、制服に反発する思春期の高校生のように、スーツじゃなく

ポロシャツで参加してきます。

 

 

皆様は熱中症にご注意くださいますよう。

 

2017年

7月

29日

遠距離出張報告(5月末ー7月)

 

所長の高田です。

 

 

早いもので、もう7月に終わりですね。

 

毎日一生懸命仕事をして疲労困憊になっているうちに、あっという間に

時間が過ぎていきます。どんどん歳をとっていくのが切ないですね。

 

一応、私は日本抗加齢医学会の専門医ですが、時間の流れだけは

如何ともしがたく。

 

 

ということで、毎日愛知・岐阜・三重の東海3県を、産業医活動と

人間ドック健診活動で駆けずり回っていますが、5月から7月に

東海3県以外に行った遠距離出張の報告を簡単に記します。

 

5月は高松に日本プライマリ・ケア連合学会で、福岡に産業医活動で

行っていますが、その後の話です。

 

ちなみに難しい話は一切ございません。

 

 

 

 529日:静岡県三島市(人間ドック学会サーベイヤー)

 

 

 

新幹線で名古屋から三島駅へ。

サーベイ先の医療機関の最寄り駅に、

 

三島駅から在来線で移動するも、

 

あまりの周囲の何も無さに呆然。

 

タクシーもいない。

 

スーツ姿の人間なぞ自分しかおらず、

 

呆然と立ち尽くしていたところに

 

病院の送迎バスが到着。

 

感涙にむせびながら病院に向かったとさ。

 

 

めでたしめでたし。

 

 

 

 

②63日-4日:東京都千代田区(日本抗加齢医学会参加)

 

会場が東京駅にほど近い国際フォーラム

 

だったのは凄く便利でしたが、いかんせん

 

この学会は料金が高い! 大いに不満。

 

 

学会の料金が高くてささくれ立った気持ち

 

をおさめるために、学会会場とは全く方向

 

違いの、世田谷区の豪徳寺に足を伸ばす。

このお寺は招き猫がたくさんあることで

有名。

 

あの幕末の大老の井伊直弼の井伊家の

菩提寺だそうで。

 

だから彦根城からひこにゃんも来たことが

あるそうな。

 

 

 

招き猫のお蔭で、優しい気持ちを

 

取り戻したワタクシ。

 

 

めでたしめでたし。

 

 

③71日-2日:東京都三鷹市(日本産業精神保健学会参加)

 

 

東京の吉祥寺駅からバスで

 

会場の杏林大学へ。

 

吉祥寺に行ったのは約20年ぶり。

 

1998年4月4日、東京ドームで行われた

 

アントニオ猪木引退試合を観に行って、

 

そのあと杏林大学の医学部に通っていた

 

友達の家に泊めてもらった時以来。

吉祥寺駅前には、ハワイに本店のある

 

オリジナルパンケーキハウスがあった

 

ため、パンケーキ専門家として参戦。

 

ココナッツソースパンケーキに満足。

 

返す刀で、八王子ラーメンの店にも参戦。

 

醬油ラーメンに満足まんぞう。

 

 

めでたしめでたし。

 

 

④710日:北海道札幌市(産業医活動)

 

 

中部セントレア空港から空路札幌へ。

 

時期的に観光客が多い。

 

前泊なので、札幌到着後、ホテル近くの

 

ラーメン有名店「桑名」さんへ。

 

旨かった。

 

ラーメン屋でほろ酔いになり、

 

カップルが楽しく過ごす赤れんが庁舎前で

 

 

俺は何しているんだろう・・・

 

 

と夕暮れの中、一人たそがれる。

 

翌日、産業医活動が延長になったため、

 

業務終了後、テレビ塔を横目に札幌駅まで

 

ダッシュ。

 

息も絶え絶えで電車に間に合い、

 

無事新千歳空港から帰りましたとさ。

 

 

めでたしめでたし。

 

 

以上で、報告終わります。

 

 

遠距離出張は色々楽しいこともあるので、こういう刺激も大事だなと

思います。

 

でも仕事は真面目にやっていますので、疲れます。やっぱり。

 

だからあまり遠距離出張が増えると、ワタクシのミミズ並みの体力では

もたなくなる可能性も。。。

 

来月は産業医活動で大阪への出張と、人間ドック学会への参加で埼玉県

への遠距離出張の予定です。

 

 

ぼちぼちと頑張ります。

2017年

7月

01日

事務所開設4周年

 

所長の高田です。

 

 

おかげさまで7月1日、高田労働衛生コンサルタント事務所は

開設4周年迎えました。

 

不安一杯だった船出から無事に4周年を迎えることが出来ましたのは、

訪問先の企業や病院・クリニックの皆様、一緒に仕事をしている方々、

そして家族、皆様の支えがあってこそと心より感謝しております。

 

ウチの三匹の猫さんたちにも感謝しています。

 

本当は四匹の猫さんでしたが、うち一匹が3月に天国へ旅立ってしまい、

大切な仲間を失ってしまいましたが、いつも感謝を祈念しています。

 

 

4年前は5社の産業医活動からスタートした当事務所でしたが、

4年経って気が付けば約20社で産業医活動を行うようになっていました。

 

愛知・岐阜・三重はもちろんのこと、札幌や福岡、広島といった遠距離の

事業所まで訪問するようになるとは、4年前には想像もつきませんでした。

 

お蔭様で産業医冥利に尽きる活動内容になってきております。

 

 

また産業医活動と並行して行っている人間ドック活動も、この4年間で

日本人間ドック学会の活動にかなり携わらせていただくようになり、

このことも4年前には考えもしませんでした。

 

 

大学の看護学科の非常勤講師として産業保健を教えるようになったのも、

産業医活動を通して出来た不思議な縁でした。

 

 

これからも皆様とのご縁を大切にしながら、少しでもお役に立てるよう、

産業医活動に精進してまいりたいと考えております。

 

 

また今後は、産業医選任義務のない小規模事業場への貢献や、

主婦・地域の方々への予防医学の啓発活動も、出来れば少しずつ行って

いきたいと考えており、そのために中区に拠点を準備しつつあります。

 

産業医活動や人間ドック健診活動で、私のスケジュールはほぼ埋まっては

おりますが、少しずつでも新しい活動にも取り組んでいきたいと考えて

おります。

 

 

皆様今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

ありがとうございました。

 

2017年

5月

21日

遠距離出張記(高松・福岡)

 

所長の高田です。

 

 

先週は日曜日に香川県の高松に、木曜日に福岡に、それぞれ日帰り出張を

しました。

 

高松には日本プライマリケア連合学会へ出席するために行きましたが、

香川県に行くのは20年ぶりくらいだったように思います。

 

土曜日は人間ドック健診業務がありましたので、日曜日に日帰りの強行軍

でした。

 

 

当日は名古屋駅から、新幹線で岡山に向かい、

 

 

 

岡山駅から快速マリンライナーで瀬戸大橋を渡り、高松に向かいました。

 

 

 

 

高松到着後、高松駅近くのホテルで開催されていた学会に出席しました。

 

 

 

せっかくなので高松駅から琴電で、讃岐うどんを食べに行きました。

 

 

 

ざるうどんの元祖というお店で、天ざるうどんに舌鼓をうちました。

 

美味しかったー。

 

学会よりも讃岐うどんの記憶ばかり残ったような・・・。

 

 

 

そして木曜日は産業医活動のために、福岡に向かいました。

 

いつもは日曜日に前泊するのですが、今回はスケジュールの都合が

つかず、朝イチの飛行機の便で名古屋から福岡に行くことにしました。

 

いつものセントレア空港ではなく、小牧市にある県営名古屋空港からの

便でした。

 

 

 

こじんまりした空港に、こじんまりした飛行機。嫌いじゃないですよ。

 

ただ、最近までこの空港が名古屋のメイン空港だったことが、セントレア

に慣れてしまった身には信じられなく。

 

機内では、コーヒーとパンのサービスが。ありがたや。

 

 

非常に美味しいパンでしたが、小牧市の産業医先の企業さんへの

訪問の際に使う、名神小牧インターのすぐ横の会社さんのパンでした。

 

何気なく横を通り過ぎてたんだなと、不思議な縁を感じました。

 

 

福岡空港到着後は、いつものように地下鉄で訪問先の事業所の最寄り駅

まで移動。

 

 

半年に1回の福岡への定期訪問ですが、こちらの事業所のすぐ目の前は

明治通りといって、有名なお祭りの『山笠』の通り道となっています。

 

近くには博多座という有名な劇場もあり、屋台で有名な中洲の街や、

キャナルシティ博多というラーメンスタジアムが有名な複合施設にも

徒歩で行けます。

 

 

仕事での訪問ではありましたが、この街の雰囲気が大好きなので、

一人でニコニコしながら歩いていました。

 

 

ということで、学会と産業医活動のために1週間で2回、日帰り遠距離出張

という密なスケジュールでしたが、かなり気分転換も出来ました。

 

やっぱり普段行かない場所に時々行くというのは、想像以上の

リフレッシュ効果がありますね。

 

ただ、ミミズ並みの体力の自分には、かなりの身体疲労が蓄積して、

正直先週はフラフラでした。。

 

仕事は集中力を保ってミスなく効率よくやりましたが、やはり無理は禁物だと改めて思った次第です。

 

 

そう言いながらも、福岡出張の翌日の金曜日は、午前に三重県鈴鹿市、

午後から同じ三重県の東員町での産業医活動を行い、その後名古屋の

クリニックで読影業務を行った後、また近鉄で名古屋から鈴鹿市に戻り、

産業医先の企業さんの親睦会に出席という、名古屋―鈴鹿を12往復の

強行軍をしてしまいました。。

 

スケジューリングは全て自己責任なのですが、どうしても予定が重なって

しまうことがたまに出てきてしまうんですよね。。。

無事乗り切れてよかった。

 

ただ親睦会では、4月からその企業さんに入った産業医の先生と保健師さん

が、身体を張った余興を見せてくれて、楽しい時間を過ごせました。

  

 

 

今日はカラダを休めて、また1週間頑張ります。

 

 

来週は人間ドック学会の仕事と学会出席で、また遠距離出張が。。。

 

 

2017年

5月

07日

研究活動について徒然なるままに

 

所長の高田です。

 

 

ゴールデンウイークも終わりですね。

 

皆様はごゆっくりされたでしょうか。

 

 

私は病院にお見舞いに通ったくらいで、特にどこにも行っていませんが、やっぱり移動が無いというのは楽ですね、ホントに。

 

普段あちこち移動しているので、休みの日はすっかり車を運転したくなくなりました。

 

お蔭様で体が休まり、名古屋市内のハワイアンの飲食店でご飯も食べられましたし、良い休日でした。

 

 

あとは日本人間ドック学会から依頼されていた、学会誌への投稿論文の

査読や、8月の学術大会の口演発表演題の査読も全部終わりましたので、

この連休は有難かったです。

 

私は日本人間ドック学会の和文誌と英文誌の論文査読委員をさせていただいておりますが、今年に入って既に和文論文3本と英文論文1本の査読

依頼があり、今までにないハイペースで査読をしています。

 

ちなみに論文査読はほぼボランティアです。1回の論文査読で図書カード

1000円分をいただくのみですので。

 

だからお金を稼ぎたいとかではなく、純粋に人間ドック学会に貢献しよう

と思って仕事をしています。

 

日本全国に予防医学の啓発活動を行い、認知症や寝たきりを減らして健康

寿命の延伸に貢献し、少しでも人生の最後まで一人で元気に全員が過ごせ

るようになるための力になりたいというのが、私の医師のとしてのライフ

ワークです。

 

ですので、産業医活動で様々な地域の事業所を訪問して、健康講話や面談

指導を行うことは、結果として名古屋の一医師にしか過ぎない私が、病院

勤務では決して会うことの出来ない地域の人々に予防医学の啓発活動を

行うことになりますので、私は産業医活動を

「予防医学の往診」

と意味づけて、日々様々な地域の事業所を訪問しています。

 

また産業医活動と並行して、病院やクリニックで人間ドック健診活動を

行っていますが、これは産業医活動がいわば一次予防(疾病の未然防止)

に重きを置いている一方、人間ドック健診は二次予防(疾病の早期発見)

に重きを置いたものであり、全ての病気を未然に防ぐことは不可能です

ので、この活動も健康寿命の延伸には不可欠です。

 

今は愛知県の名古屋市と一宮市、岐阜県関市の病院とクリニックで

人間ドック健診活動を行っており、その地域の方々の予防医学活動に貢献

している自負はありますが、私の微力では出来ることは当然限られます。

 

そこで日本人間ドック学会における活動が重要になります。

 

人間ドック学会は学術団体ですが、『人間ドック健診施設機能評価』と

いう事業も運営しており、日本全国の人間ドック健診の質の確保に努める

活動もおこなっています。

 

人間ドック学会誌には、人間ドック健診に関する様々な研究論文が

日々投稿されてきます。

 

一般的に学術雑誌には査読者(Reviewer)が居り、複数の査読者が

投稿論文を、学術論文としての論理構成や倫理性・新規性・社会貢献性

などの点から、掲載に相応しい研究かどうかを判定します。

 

私も査読者として投稿論文について掲載の可否について意見しますが、

その際に出来る限り査読コメントはしっかりとつけるようにしています。

 

私が論文を雑誌に投稿した時には、様々な査読者から色々なご意見を

いただき、その都度必死に改訂し再投稿しましたが、その際に査読者から

愛情ある指摘事項をいただいたことが、非常に勉強になったので、

私も同じように査読を通じて出来る限りの助言をしたいと思っています。

 

そのことで人間ドック健診に携わる多くの方々のレベルアップに貢献し、また『人間ドック健診施設機能評価』のサーベイヤーとしても、様々な

施設で人間ドックの質の向上のための支援が出来れば、人間ドック健診

分野全体のレベルアップに少しでも貢献ができ、産業医活動と併せて、

日本全国予防医学の啓発に少しでも貢献出来ると信じていますので、

縁の下の力持ちとなるべく、人間ドック学会の活動を頑張っています。

 

 

ちなみに私も英文論文は何本か書きましたが、論文はやはり一度は

英文で書いてみた方が良いと思います。

 

日本語論文もいいのですが、日本語は言葉が煌びやかでごまかしが

効いてしまい、結果として論文構成がグチャグチャになってしまうことが

多いかなと、査読をしていると感じます。

 

英文論文を書く時はそのような煌びやかな言葉でごまかしが効かない分、論文構成がシンプルになり、研究を論理的に示しやすくなりますので、

科学論文を書く場合は、和文誌に投稿する場合でも、勉強として一度は

英文で書いてみることをお勧めします。

大変ですけどね。。。

 

ただ論文作成を通して培われる論理的思考は、人間としての成長に繋がり

ますし、また産業医活動に限定すれば、様々な要因が複雑に絡むこと

多い、メンタルヘルス活動にて大いに役立つと個人的には思います。

 

また名の通った英文誌に論文が掲載されると、日本を飛び越え世界中の

研究者に自分の研究論文を検索して見てもらえるという、非常に大きな

メリットもあります。

 

世界中の研究者に自分の研究論文が引用されるということは、間接的に

世界中の予防医学活動に貢献出来る可能性があるということであり、

この点に研究を行う意義があるかと思います。

 

日本だけでなく当然世界各国には様々な学術団体があり、それぞれが

科学論文を掲載した学術雑誌を発行しているので、研究の実施において

は、それらの雑誌から先行研究を調べながら進めていきます。

 

ただ先行研究を調べるにおいては、信頼度が高い雑誌であるという条件が

必要になってきます。

 

そのひとつの目安が「インパクトファクター(IF)」です。

 

インパクトファクター(IF)とは、学術雑誌に掲載された論文が特定の年または期間内にどれくらい頻繁に引用されたかを平均値で示す尺度で、

この数値が高いほど文献が引用された数が多い、つまり信頼度が高いと

判断します。

 

もちろん一つの目安であり、万能の評価指標ではありませんが、

超有名雑誌Nature」の IF38.1、「ScienceIF34.6です。

目がくらむような数値ですねぇ。

 

ちなみに私の論文が掲載された、ドイツの雑誌

International Archives of Occupational and Environmental health」 の掲載当時のインパクトファクターは、2.10でした。

 

産業保健分野はどちらかというとマイナーな分野なので、研究者の数が

そこまで多くないので、この2.10という数値でも結構高いんですよ。。。

(2015年のIFは2.061)

 

ちなみに我が国における産業保健関連の最大の学術団体である

「日本産業衛生学会」の英文誌「Journal of Occupational Health」の

当時のIF1.25(2015年のIFは1.446)、それより高いIFの産業保健

関連の外国誌に、私の産業精神保健に関する英文原著論文が掲載された

のは、私にとっては大きな誇りとなっています。

世間から見たらちっぽけな話ですが。。。

 

でもドイツの一応名の通った雑誌に掲載されたおかげで、年1回くらい

海外の雑誌から査読を頼まれたり、また自分の論文が他の国内外の研究者

引用されたという報告が、このように定期的に来ます。

 

 

大体年間45件、私の研究論文を国内外の研究者が引用したという報告が

来ます。

 

名古屋のこんなちっぽけな個人事務所の人間でも、海外の研究者と間接的

に繋がっているということは、人生って面白いなと思いますし、

私の研究が世界中の労働者の健康を守ることにほんの少しでも役立って

いれば、こんなに嬉しいことはありません。

 

今はなかなか論文を書くということが出来ていませんが、これからも

産業医活動以外の学会活動等にも携わり、我が国の予防医学活動に広く

貢献するという想いを強く抱いて活動していきたいと思っています。

 

2017年

4月

28日

個性豊かな産業保健師さんたち

 

 

所長の高田です。

 

 

もうすぐゴールデンウイークですが、ご計画は立てられたでしょうか。

 

私はひたすら病院にお見舞いの予定です。

 

 

前回のブログの更新から、広島・大阪への産業医出張や、東京での

人間ドック学会のサーベイ業務、計5回の健康講話など、

振り返ってみればそれなりにバタバタしており、あっという間に4月も

終わりに近づいていました。

 

 

このままだと誰にも気付かれないまま、当ブログがひっそりと自然消滅

しそうでしたので、これはいかんと頑張って書いております。

 

 

いきなり話は変わりますが、私は多くの事業場を産業医として訪問して

いますが、事業場には保健師さんが居る場合もあり皆さん個性豊かです。

 

ということで、私がいつも頼りにしている一騎当千の産業保健師さんを、仕事の付き合いの長い順にご紹介します。

 

 

   Aさん(?才)

岐阜県内の社員数400名規模の工場の常勤保健師。

定期健診の有所見者とは全員面談し、保健師さんが苦手とすることの多い

粉塵作業や有機溶剤業務等の管理も積極的に行い、メンタルヘルス活動も

企画立案し工場長とも堂々と渡り合う、万能型産業保健師。

地域での健康管理活動の立案・参加や、更には近隣大学の看護学科で

非常勤講師も努めており、そのバイタリティは企業内に収まらない。

企業内コミュニケーション活動として『玉入れ』を提案するなど、常人に

は予測不可能なアイディアを常に秘め、日々旋風を巻き起こしている。

 

 

   Bさん(?才)

高田所長と同様、愛知県内の複数の中小事業場を受け持つ独立型保健師。

丁寧な仕事ぶりには定評があり、30分でモノを忘れることには定評のある

高田所長を黙々とカバーする、強い忍耐力を兼ね備えた産業保健師。

また産業保健師業務と並行して現在、産業カウンセラーの資格取得も

目指しており、常に研鑽を怠らない。

御主人よりも(?)愛犬のプードルを溺愛する努力家である。

 

 

   Cさん(?才)

岐阜県内の社員数300名規模の工場の常勤保健師。

マネジメントシステムの構築には保健師の枠を遥かに超えた無類の力を

発揮し、工場の旧態然としていた産業保健スタッフ中心の健康管理体制を、本来の形であるべき衛生管理者である工場社員を中心とする形を

独力で構築したPDCAサイクルのエキスパート。

今後はその強力な文書作成力を、他産業保健スタッフも利用できる

産業保健実践マニュアル作成に使われることを、高田所長から密かに

期待されている。

 

 

   Dさん(?才)

三重県内の社員数2000名規模の工場の常勤保健師であるが名古屋支店も

担当し、高田所長と強力タッグを結成中。

また本社・名古屋支店以外にも静岡の支店までカバーしており、

イチロー並の守備範囲の広さには定評がある。

現在、某大学に社会人大学院生として籍を置き、修士号も目指しており、

保健師が苦手とすることの多い学術論文作成にも積極的に取り組み中。

故ジャンボ鶴田の座右の銘「人生はチャレンジだ、チャンスは掴め」を

体現する、情熱と笑顔溢れる産業保健師。

修士論文研究が事業所にフィードバックされ、労働環境の更なる改善に

つながることが高田所長より大いに期待されている。

 

 

   Eさん(?才)

東京に本社をもつ企業の常勤保健師。

本社以外の名古屋・大阪・広島・福岡・札幌といった全国の支店を

高田所長とともに定期訪問しており、かつてのNWA世界王者並みに

全国を日々飛び回る闘う産業保健師。

全国の支店の社員さんの情報が頭に入っており、ヒトの名前を憶えない

ことには定評のある高田所長を、いつも的確にカバーしている。

これからもその抜群の記憶力が、全国の社員さんの健康管理に無類の力を

発揮することが期待されている。

 

 

   Fさん(?才)

300名規模の工場の常勤保健師。

産業保健師の世界に入ってまだ3か月ほどであるが、愛くるしい笑顔と

穏やかな人当たりから、既に工場社員からの人気が急上昇中。

業務は手探り状態と言いつつも、積極的に自ら2か月分の健康通信を

作成し、またちっとも健診データをまとめない高田産業医に業を煮やし、

自らデータをまとめようとする、探求心と若さ溢れる産業保健師。

数年後にはその豊富な臨床看護経験を生かし、産業保健師が苦手とする

ことの多い臨床的思考を兼ね備えた『ストロングスタイル産業保健師』

として、21世紀の新しい産業保健師像を構築することを

『ストロングスタイル産業医』の高田所長から密かに期待されている。

 

 

といったことで、いつも保健師さん達には仕事を助けてもらっていて、

感謝しております。

 

保健師さんが居る事業所を訪問する時は、私も安心感が強いです。

 

国にも、産業保健師がもっと活躍出来るように支援をして欲しいですね。

 

2017年

3月

12日

3月11日

 

昨日で、東日本大震災から丸6年となりました。

 

今なお仮設住宅への避難を余儀なくされている方、ご家族を失われた方、家や財産を失ってしまった方、まだご家族が見つからない方、

多くのご苦労をされている方々がいらっしゃいます。

 

それでも一生懸命、今日も前を向いて生きられている方々が

多くいらっしゃいます。

 

日々の生活で不満に思うことはどうしても色々出てきてしまいますが、

そういう時は被災者の方々に心を寄せて、衣食住がきちんと恵まれている

自分は謙虚にしなければいけないと、努めて思うようにしています。

 

産業医活動におけるメンタルヘルス面談でも、多くの社員さん方の悩みや

不安、そして不満を聴く場合が多くあります。

 

人それぞれ悩みはあり、皆さんの悩みに少しでも心を寄せたいと思って

いますが、相談者の方々も被災者の方々を思い出して、もう少し今の自分自身の環境について、改めて感謝してみるだけでも、業務への考え方や

物の見方が変わってくるのでは、と感じる時もしばしばあります。

 

 

東日本大震災ではペットで飼われていた多くの犬猫たちも、

命を落としました。

 

「ペットは家族同然」とか「ペットは人間と同じ」といった言葉をよく

聴きますが、飼い主にとっては、そういった言葉の定義などはどうでも

よく、一緒に暮らしている犬猫はただただ大事な存在であり、

犬猫が死んでしまったらただただ悲しい、ということだと思います。

 

避難所への避難や、福島の原発事故で自宅を退避せざるを得ず、犬猫たち

を置いていき、今生の別れをせざるを得なかった方々の心情や、そのまま

死を迎えざるを得なかった犬猫たちのことを思うと、言葉が見つからず。

 

天国があるかどうかは分かりませんが、あって欲しいと思います。

 

犬猫たちは、虹の橋でまた元気になって、いつか大切な御主人や仲間達に

再会して、幸せになって欲しい。

 

外で寒さに震え、毎日の食事にも困り、力尽きた野良猫たちも、いつか

虹の橋を渡って幸せになって欲しい。

 

お別れした自分の大切な仲間も、虹の橋で待っていて欲しい。

 

自分もいつか必ず虹の橋に行くから、その時はまた必ず会いたい。

 

でも、虹の橋に見送ってあげないといけない仲間達が居るうちは、

もう少し頑張って生きていく。

 

これからも怒りや憎しみや妬みなどは捨てて、謙虚に生きていきたい。

 

そんなことを昨日思いました。

 

2017年

2月

02日

日本総合健診医学会第45回大会に参加して

 

所長の高田です。

 

 

あっという間に2月になってしまいましたね。

1月は忙しかった、、、。

 

 

先週末、日本総合健診医学会の学術大会に参加するため、

千葉の舞浜に行って来ました。

 

 

人間ドック学会・総合健診医学会の指導医講習があったので、参加して

きましたが、そこで来年開始予定の新専門医制度についての学会方針に

ついて、人間ドック学会の役員の先生から説明がありました。

 

私も一応人間ドック学会の評議員ですが、結論から言うと、

ドック学会の新専門医制度へのスタンスについては残念な思いです。

 

今回の新専門医制度の目玉は総合診療科の専門医の創設で、

専門医の名のもと細分化された科目の、縦割り対応が目に余るように

なった現在の日本の臨床医学の世界に、一石を投じるものです。

 

診療において疾病のみを見つめるのではなく、ヒトを“全人的に診る”

という医療の原点に立ち還る意味合いを持つものです。

 

細分化された臨床医学の一方、予防医学はまだ未確立な分野ですが、

疾病の予防のためにはヒトを全人的に診ることが必要不可欠であり、

更に健康管理のためには、疾病予防のみならず外傷予防の観点も必要で

あり、ヒトのみならず、ヒトの周囲にある環境面も診ていく分野だと

私は捉えています。

つまり予防医学は、横断的な分野である総合診療科よりも、

更に広い観点から、ヒトを診ていくという分野であると考えています。

 

その予防医学の分野における学会の中でも、人間ドック学会は最大級の

学会であり、また予防医学においても最も優先される二次予防の中核を

担う学会です。

だからこそ人間ドック学会は、今回の新専門医制度において、何として

でも基本領域の専門医になり、そのことにより『予防医学』という分野を

本当の意味で確立す最大のチャンスだと、個人的には思っていました。

 

しかし、人間ドック学会も努力して交渉したものの、基本領域の専門医に

なるには時期尚早の判断を下されてしまったということは、私も聴いて

おりました。

  

ただ、私が残念に思ったのは、人間ドック学会のその後の対応です。

 

新専門医制度の初年度からは無理でも、引き続き基本領域の専門医と

なるべく努力し続けるべきであると私は思っていましたが、人間ドック

学会の上層部が下した判断は、2階建ての新専門医制度の2階部分に

あたる、“サブスペシャリティ”の専門医を目指すというものでした。

 

一次予防の健康増進まで含まれる横断的な分野である人間ドックが

どうしてサブスペシャリティ?

  

人間ドック学会は、新専門医制度に組み込まれる事を最優先事項として

おり、肝心な人間ドックという分野の立ち位置については、やはり

臨床医学の付録的位置づけ(臨床医学の”延長線”ではなく)と思っている

ことが、今回の役員の先生の説明でよく分かり、大いに失望しました。

 

同じ予防医学分野である産業衛生学会は、サブスペシャリティの立場に

自分たちを位置づけましたが、それに留まらず基本領域の予防医学分野

として、新たに『社会医学系専門医』を他学会ともに立ち上げており、

まだ基本領域には認められてはいませんが、予防医学の一分野を基本領域

とすることを貫くスタンスを示しており、高い志を示しています。

 

人間ドック学会も同様のスタンスを貫く、もしくは社会医学系専門医と

合流すれば、『予防医学』の一大分野を築けるチャンスがあるのではと

個人的には思っていましたので、今回はとても無念な説明内容でした。

 

人間ドックの分野は、“臨床医の姥捨て山”というイメージで同業者からは

見られることが多く、叩き上げ人間ドック医である私はいつも悔しい思い

をしています。

 

今回の新専門医制度は、研修後の進路として、最初から人間ドックという予防医学の世界へのレールを引き、腰かけ気分の臨床医が跋扈するこの

人間ドック健診の世界において、真のプロ医師を養成していく最大の

チャンスだと個人的には考えていました。

 

ですので、

”基本領域の専門医がダメだから、サブスペシャリティの専門医目指す”

という信念に乏しい方針が、私には非常に受け入れがたいものでした

 

指導医講習では、人間ドック学会の基本領域となりうる学会を、

学会員のアンケートから探していることも聴きましたが、脳神経外科学会

までを基本領域たる候補に挙げており、横断的な分野の人間ドックの

基本領域が脳神経外科というのは、私にはとても理解しがたく

人間ドック学会の考えは、私とは考えを完全に異にすることが分かり、

ガッカリしました。

 

質疑応答時にフロアからは、「社会医学系専門医との連携の可能性は?」

という至極当然の建設的なご意見も出ていましたが、人間ドック学会の

役員の先生の反応は鈍く、むしろ専門医機構の代表の先生の方が、

長期的な視点を持たれていた印象でした。

 

日本は世界的にみても健診大国であり、「人間ドック」という言葉は、

日本発の言葉です。

”Ningen-Dock"という言葉を、トヨタ自動車の"KAIZEN"という言葉の

ように、国際的な共通語にしたいという希望が人間ドック学会にはあり、

国際学会も立ち上げています。

 

にもかかわらず、あくまでサブスペシャリティの分野に甘んじ、基本領域

は、学会員の他専門医の取得状況のアンケートから決めるというのは、

人間ドックを臨床医学の付録的位置づけと、人間ドック学会自らが認めた

形となってしまい(学会の役員の方々は気づかれていないでしょうが)、

学会の崇高な理念とは相反する行動であると、個人的には思います。

 

人間ドック学会は、3年前に『新たな健診の基本検査の基準範囲』

という論文を発表して、医療界に混乱をもたらしましたが、 

更にその論文の中で、”超健康人(スーパーノーマル)”という、

今まで自分たちが唱えてきた予防医学の考えを、自ら全面的に否定する

言葉(論文に携わった方達は自己否定をしてしまったことの認識をされて

いないようですが)を生み出し、結果として人間ドック学会の信用を

失墜させてしまいました。

 

私も人間ドックに携わる医師として、人間ドック学会の勇み足のお蔭で

屈辱的な想いをしましたが、今回更に”新専門医”の名のもと、結果的に

日本における人間ドックの分野を、自ら”臨床医の姥捨て山”に追いやる

可能性が濃厚になったことが、残念でなりません。

 

 

ただ本当は学会の方向性にかかわらず、医師個人が社会的使命感を強く

抱いて、社会に貢献するよう行動すれば良いだけなのかもしれません。

 

今回の指導医講習に参加された先生方には、私と同じ考えの方が多く

いらっしゃったと思います。

 

新専門医制度において人間ドック学会がこれからどうなろうと、

臨床研修後そのまま人間ドックの世界に飛び込んだ、数少ない叩き上げの

人間ドック専門医として、これからも自分の信念を貫いて、社会貢献を

していこうと、今回の学会参加を通して改めて思いました。

 

2017年

1月

13日

頑張れ受験生

所長の高田です。

 

改めまして、本年もどうぞよろしくお願いいたします。 

 

 

明日から大学入試センター試験ですね。

 

自分が受験したのがもう21年前にもなってしまいましたが、

未だにこの日が近づくとソワソワしてきます。

 

受験生はみんな緊張していると思いますが、

ぜひ全力を出し切れることを願っています。

 

 

自分の最後のセンター試験は、滋賀県草津市で受験しました。

 

当時通っていた立命館大学理工学部が滋賀県草津市にあり、

一人暮らしをしていたので、その年の年末年始は実家に帰らずに、

一人でどん兵衛の年越しそばを食べて、不安な正月を迎えました。

 

住んでいたワンルームマンションの周りは田んぼで、真っ暗な正月の夜、近くのコンビニにかつ丼を買いに行ったことを、強く覚えています。

 

携帯電話やメールも何もない時代、1日中誰とも話さずに勉強していた

センター試験直前、息抜きにテレビで少し見たのが、

199614日東京ドームで行われた

「アントニオ猪木VSビッグバン・ベイダー」

の試合でした。

 

当時53歳だった猪木が、全盛期から遠く衰えた体をさらしながら、

180kgの巨漢ベイダーの強烈な投げや打撃でボロボロになっている姿を

見て、裸一貫で全てを晒して生きる凄さを教えられた気がしました。

 

 

住んでいたワンルームマンションは、キッチンと部屋を隔てるドアが

何故か無く、玄関扉からの冷気が直接部屋に入ってきて、

寒くて仕方がありませんでした。

 

ゴミ袋をはさみで切って、カーテンのようにしてなんとか冷気を防ごうと抵抗していましたが、草津市の冬は寒かった。

 

エアコンをつけても、温風は全て玄関扉の隙間から外に行ってしまう

ので、電気代ももったいないのでエアコンは諦め、電気ストーブ一つで

過ごしていましたが、案の定センター試験2日前に風邪をひいて、

熱を出しました。

 

勉強していると、弱気になり現実逃避ですぐ眠くなってしまうので、

眠くならないように、1日の食事をロールパン1個、カップラーメン1つ、

野菜ジュースで過ごしていたところ、体重が55kgまで落ち、すっかり

抵抗力も落ち、そこに部屋の寒さと、部屋の埃っぽさが重なり、

大事なセンター試験直前に、お約束のように体調を崩しました。

 

 

人生を賭けたセンター試験だったので、泣きそうになりましたが、

笑いました。

 

無理矢理笑って、開き直りました。

 

笑って、自分自身に言い聞かせました。

 

 

上等だよ。

 

風邪がどうした。

 

俺は目が見える、手が動く、足が動く、こんなに恵まれている。

 

何が起きようと諦めねーよ。

 

俺は絶対勝つ。

 

 

人生で初めて、本気で闘う気持ちを持った瞬間でした。

 

まあ遅かったね。みんなは18歳でその気持ちを持つのに。

俺は22歳でようやく持ちました。

 

でもあの時、ネットも何もない時代に、汚い部屋でひとりぼっちで

ブツブツ考えていたことが、今の自分自身の人間性や人生観を形成する

大きな礎となりました。

 

そんなこんなで、センター試験には凄く思い入れがあるので、

今年もまた思い出して、ダラダラ書いてしまいました。はぁい。

 

 

明日は大雪みたいですが、頑張れ受験生。闘うんだ。

 

俺も明日の仕事頑張るぞ。

 

と言いたいですが、明日の午前は岐阜県関市の病院に行かなければ

いけなく。

 

関市は雪が多いんですよ。

おまけに病院は車でしか行けないような場所なんです。

 

 

どうしましょう。

 

運転怖いよぅ。

 

 

2016年

12月

31日

今年も1年間ありがとうございました

 

所長の高田です。

 

 

本日、2016年の仕事納めとしました。

 

私は個人事務所なので、休日の明確な線引きは無いのですが、

企業様への訪問は28日で終了しました。

 

ただ書類作成が終わらず、結局本日の大晦日にようやく終わりました。

 

大掃除もしましたので、また新しい気持ちで新年を迎えられそうです。

 

 

今年も関係する皆様には、大変お世話になりました。

ありがとうございました。

 

今年はストレスチェック元年ということもあり、多くの方から声をかけて

いただき、また事務所開設以来、最も多くの産業医契約をさせていただき

ました。

 

新しい事業場への訪問では、名古屋市内の全16区への訪問や、

東海地方以外の札幌・福岡・広島・大阪といった遠方にも定期的に

訪問させていただくようになり、新しい挑戦の年となりました。

 

各学会への参加や、人間ドック学会のサーベイヤーの仕事も合わせると、

毎月1回は遠方へ出張することになりましたが、いい経験になりました。

 

 

ただ、やはり体調的にしんどくなったこともあり、10月に約5年半ぶりに

長期旅行の休暇をとらせていただき、リフレッシュさせていただきました

が、改めて休暇の重要性を個人的にも痛感しました。

 

私のような「開業産業医」「独立系産業医」という業務形態の医師は、

東京を中心に全国的に増えてきているとは言えども、まだまだ医師の中で

は少数派であり、一般的な開業医のような開業ノウハウの蓄積が無く

私もどのようにすればいいか最初は全く分からず、全て自己流で今日まで

やってきています。

 

ですので、当事務所を開設してからは本当に死に物狂いでやらなければ、

仕事が成り立たなくなると思い、休暇など必要ないという気持ちでやって

まいりました。

 

産業医という立場では、長時間労働の管理についてはしばしば意見を提言

させていただいておりますが、休日や有給休暇を取ることが出来るという

身分は、それだけで本当は素晴らしいことだと改めて思います。

 

今回本当に久しぶりの長期旅行が出来たのも、事務所を開設して丸3年で、

ようやく仕事が安定してきたということがあり、またそこにちょうど私の

体力気力の限界が来たということは、ギリギリのタイミングだったかな

と、改めて思いました。

 

予防医学活動を通して、少しでも多くの方々の幸せに貢献したいというの

が、私の業務における変わらぬ信念ですが、逆に私が皆様に幸せを少し

ずついただいていると思うこともしばしばです。

 

来年も変わらず、自らの驕りを律して、自分自身のレベルアップに努め、

今年以上に多くの方々に貢献できるよう努めていく所存です。

 

 

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

1年間ありがとうございました。

 

 

皆様にとって来年がよい1年になりますよう、心より祈念申し上げます。

 

2016年

12月

27日

来年度に向けて

 

所長の高田です。

 

 

クリスマス3連休は、皆様イチャイチャお過ごしでしたでしょうか。

 

私は23日は鈴鹿市の工場での産業医活動、24日は関市と一宮市の病院での

人間ドック業務でした。

 

24日は車で出勤で、ブツブツ独り言を言いながら運転していました。

 

 

「眠いなぁ」

 

「しかし昨日の名古屋駅は凄い人波だった」

 

「カップルも家族連れもみんな幸せそうでいいよねぇ」

 

「・・・って忘れたー!」

  

 

そう、クリスマスに病院のスタッフさん達に差し入れをしようと、

準備していたクッキー缶を、二つとも見事に忘れてしまったのです。

 

既に高速に乗ってしまっていたので、戻ることも出来ず、おかげで24日は

朝からすっかり意気消沈でしたが、せっかくの立派な2つのクッキー缶が

もったいないので、25日に予約していた美容院のスタッフさん達に、

差し入れとして一つ持っていきました。

 

 

「えー、わざわざクリスマスのお土産を! ありがとうございますぅ」

 

 

と、美容院の方には言っていただきましたが、昨日忘れた分の転用と

いうことは言えず、

 

 

「いやいやいや・・・お気になさらず・・・」

 

 

と言うのが精一杯のワタクシでした。

 

でも感謝の気持ちはこもってるんですよ。気持ちは。。。

 

 

もう一つのクッキー缶は、今日午後から産業医活動で訪問した工場の

健康管理室に持っていきました。

 

転用ということは言ってません。すみません。

 

感謝の気持ちはこもってるんですよ。。。

 

ちなみにその健康管理室の可愛らしい保健師さんが、先月ご結婚された

そうです。めでたいめでたい。

 

一番輝いている時ですよねぇ。来年はずっとお幸せなことでしょう。

 

 

ということで、明日は岐阜の病院で今年最後の乳がん検診業務です。

 

色々悩みましたが、3年間続けた乳がん検診業務を、来年3月末で終了する

こととしました。

 

本当はまだ続けるつもりでしたが、最近眼の調子がイマイチで、

マンモグラフィのモニター診断での眼への負担が、かなりキツくなって

きたので、残念ではありましたが決断いたしました。

 

ただ、平日の産業医枠が限界になっていたこともありましたので、

来年度からはまた新たに産業医枠が確保出来ます。

 

今月1件の新規の産業医契約を締結させていただき、明日の午後も新しい

産業医契約の相談の打ち合わせに行きます。

 

昨日は『高ストレス者面談』のスポット対応もしましたし、来年も

”リアル産業医”として、東海地方を更に飛び回ります。

 

 

運転気を付けないと。。。

 

counter since  2015


アクセスカウンター

高田労働衛

コンサルタント事務所

名古屋市中区丸の内2丁目 

(地下鉄丸の内駅2番出口徒歩1分)

事務所スタッフ

    所長  高田 幹 

      猫所長  マハロ 

イベントのお知らせ

アクセスカウンター

counter since  2015